第5話 王国地下司令室

「今すぐ行きます。どうか、ご案内をよろしくおねがいします」


「それはよかった」


 黒髪のイケメンはうなづくと通りの先を指さした。


「あちらに馬車を待たせております。このあたりは足場が悪い。どうぞ手を」


 剣術で鍛えられた手を私に向けた。おずおずとその手を取る。


「あ、あの」


 王子が振り返る。


「この魔獣とかグランドレスは、そのままにしておいていいんですか?」


「……ああ。魔獣処理を行うものがじきにきます。グランドレスも同様に」


 いろいろと聞きたいことはあったが、王子を質問責めにしてはいけないという理性がかろうじて勝った。


 それに男の人と手をつないで街を(半壊しているが)歩くドキドキでそれどころじゃなかったというのもある。


 王家の馬車は広く乗り心地のいいもので、訓練の行き届いた女中がメイク直しとともに髪にくしを入れてくれた。また、足を捻ったと言うと、スカートを少しまくり、濡らしたタオルで冷やしてくれもした。


 ジャン王子は急に外が気になったらしく、身を乗り出さんばかりの勢いで馬車の窓から過ぎゆく街を見ている。



 王城の謁見の間に通されるのは初めてのことではない。


 父、サファリナ伯爵に付いて何度か行ったことがあるし、王太子ガリアとの婚約発表の場でもあった。


 今もその場に王と臣下たちが……いない。


 あれ?


 謁見の間は全くのがらんどうであった。知恵と陰謀で頭が一杯の侍従たちもいかめしい顔をした近衛兵もいない。そして、奇妙なことにそこにあるべき玉座もなかった。


「こちらに」


 第二王子自らが先導し、謁見の間の奥の扉を開ける。


 下へ下へと続く螺旋階段があった。


 貴重な魔光石が壁に埋め込まれ、かろうじて足元を見ることができる。


 ジャンは躊躇なく階段を降りていく。


 選択肢はない。私も続いた。


「足は大丈夫?」


 ジャンが振り向いて尋ねる。


「ありがとうございます。おかげさまで良くなりました」


 王子はうなづくと階段を下った。


 三階分くらいは降りたんじゃないだろうか。 


 ようやく階段が終わり、短い廊下を抜けると不意に視界が開けた。


 前世の大学の講堂のような、広いすり鉢状の会議室が広がっている。軍服の人間や謁見用のドレスを着た婦人たち二十人ほどが木製のイスに座り、あるいは立ち、あわただしくしていた。


 会議室の前面には巨大な魔道モニターが設置されていた。大きい、そして高価すぎる。サファリナ伯爵家の財政が傾くほどの金子を用意しても、あの半分ほどのサイズしかまかなえないだろう。


「来たか、アリア・サファリナ」


 やすり掛けしたような重苦しい声が背後から聞こえた。


 私たちが入ってきた扉の上は垂直に二メートルほどの壁が伸び、その上には柵が取り付けられていた。そして、国王陛下その人が、彼の人生を象徴する存在である玉座に腰掛けて私を見下ろしていた。


 私の横には国王が呼んだのだろう、王太子ガリアとその新しき婚約者ミン。王立騎士団長と副団長。そしてジャンが並んでいる。


「お久しぶりでございます」


 スカートの両端をつまんでお辞儀をした。 


「よい。楽にしろ」 


 言われて顔を上げる。


 国王カニンガス・イエールは……ひどく疲れているようだった。


 頬はこけ、目の下には深いくまが刻まれている。その髪は王太子ガリアと同じ金髪だが、色はくすんでおり白いものも多く混じっていた。


 カニンガスは痩せた腕をあげて私を指さした。


「グランドレスに乗り巨大魔獣を退治したこと、大儀であった」


「もったいないお言葉でございます」


「父さん!」


 大声を上げたのはガリアだった。


 国王の話中に口を挟むのは無礼中の無礼だが、王太子ならそれも許されるのかもしれない。


 カニンガスはシワの目立つ目を細め、叱責するかのようにじっとガリアを見つめた。


「あ……ち、父上。申し上げたいことがあります」


「なんだ?」


「どうしてアリアをグランドレスに乗せたんだ。あれは俺の機体だったはず。本来なら俺が、この国を守るはずだったのに!」


「お前でもあの巨大魔獣に勝てたと?」


「あ……当たり前だ。俺はずっとグランドレスに乗るための訓練を積んできた。素人のアリアに出来たなら、俺にだってできる」


 なんと、婚約者に辺境伯の娘ミンを選んだり、父親や弟がいない隙を狙って婚約破棄を発表したりと権力を得るための努力をするだけじゃなく、ロボットに乗るための努力もするなんて。


 ただの権力七光りバカだと思っていたけど、ひょっとしてガリアって案外努力家?


「無理だ」


 国王は自分の息子の発言をバッサリと切り捨てた。


「な……」


「お前には、資質がない」

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