彩季-三日坊主

「愛莉って家でなにやってんの?」


 夕陽が飾られている放課後の時間。ふと会いたくなった、というふわっとした動悸だけで集まってくれた愛莉に対して、俺は言葉を吐いた。集まったはいいものの、結局やることとかは見出せなくて、思いつくこともないから、そんなありきたりな話題で俺は声を出した。


 ほぇっ、とよくわからない声ではない音を漏らしながら、彼女が考え込むように頭をトントンと指で触れながら、うーん、と間延びした声をあげる。


「……家事?」


「やってんの?」


「たまに?」


「……なるほど?」


 なんとなく、ではあるけれど、彼女が火事に励んでいる姿については想像することが難しかったりする。


 別に俺は彼女が面倒くさがり、というように思っているわけでもないし、様々な家事をするうえで手先が不器用だと思っているわけでもない。なんなら、いろいろなことをそつなくこなすのが愛莉だし、彼女であれば大概のことは手間のかからないものとして扱われる。


 だからこそ、彼女が家で何をしているか、ということを想像することが難しいのだ。


 彼女が家事に励んでいる、というのならばそうなんだろう。けれど、いまいち想像できないままの俺は、具体的に「例えば何してるんだ?」と聞いてみる。


「うーん。たまにお母さんとか返ってくるのが遅かったりしたら、人数分の夜ご飯作ったりするし、皿洗いはするよ?」


「洗濯とかは?」


「……なにこれ、面接?」


 彼女は苦笑しながら言葉を吐いた。俺はそんな彼女の言葉に笑って、そんなわけない、とだけ返す。


「いつも俺の部屋とかで過ごしているけれど、いまいち愛莉の家の過ごし方とか知りたいな、って」


「なーんだ。結婚する上できちんと家事ができるのかを面接し始めたのかと……」


「気が早すぎるだろ」


 そんなツッコミを彼女に入れながら、俺は夕焼け空を眺めていく。


「うーん、でもそっかぁ。家でやることねぇ」


 彼女は間延びした声を続けながら、そうしてまた考え込むようにする。


「……テレビ見てるよ?」


「テレビ、ねぇ」


「クイズ番組とかはよく見るかも。それ以外だと……、ニュースとか?」


「……偉いな」


 彼女とは違って、俺はそもそもテレビを見ることもないし、テレビを見る機会があったとしても、おそらく天気予報を覗くくらいしかないかもしれない。


「ドラマとかアニメは?」


「テレビでは見ないけど、勉強するときの片手間にスマホで流してたりするかなぁ。ただ、勉強の邪魔になると思ったら、スマホを閉じて集中するから、結局内容とか中途半端にしかわかってないことが大半だけど」


「なるほどね」


 勉強、という言葉を聞いたときに、一瞬自分をとがめてしまいそうな衝動がよぎったけれど、もうこの時点で彼女とは高校が別だし、もう取り返しはつかないのだから、今更自省をしても意味がないことに気が付いた。


「趣味とかねぇの?」


「……趣味?」


 俺の言葉に彼女はオウム返しをして、これまた考え込むようにする。


 もう歩く足取りもおぼつかなくなり、互いに立ち止まって考え込む。そこまで考え込むような事案ではないはずなのだけれど、それでも俺たちは立ち止まって考え込んでいる。


「……ないね」


「……まあ、なんとなくそうだと思ったよ」


「あっ、ひどい。なんか私のことを無趣味の乾いた人間って思ってそうな発言じゃん!」


「そんなことは思ってないよ」


 単純に、彼女の場合は三日坊主であらゆることがすんでしまうからこそ、趣味という長く向き合うものはないのだろう、とそんな結論に達しただけである。


 趣味、というのはある程度の目標だったり、そのための成長だったりを含めて、長い時間を向き合うためのものだと、俺は考えている。


 愛莉に関していえば、そういった目標だったり、成長だったりについて、もともとのレベルが高いからこそ、簡単に技術をマスターしてしまう部分がある。言うなれば、安易に満足感を得られるタイプだからこそ、彼女に趣味というものは向いていないのだ。


「翔也はまだポエム書いてるの?」


「……その話は、また今度で」


 自分が苦しくなる話題になったので、途端に止まっていた足を早歩きで動かしていく。


「逃げるなー!」という声を後ろの方から感じ取りながら、俺は逃げるようにまた早歩きを小走りに変えて逃げ出していった。

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