「絶対寝ない」という目標を掲げてクラシックを聴いた話


 人生で初めて、一人でクラシックコンサートを観に行った! やったー実績解除だ!


 ところで、私の目標はミス・マープルのようなおばさまになることです。ミス・マープルのシリーズを無粋な私が読むと、彼女がおひとり様を極めすぎていて本当に羨ましくなる。一人で知らない街にバカンスに行って数日滞在して、現地で知り合った人たちと仲良くなって帰ってくるだと!?!!?!? 殺人事件があった知らない人の家に「被害者のメイドを昔雇ってたんです」という理由だけで出向き、何かできることがあったら協力しますといってその家に滞在するだと!?!!?!? そのコミュ力、何を犠牲にしてでも手に入れたいが!?!!?!? おまけに面倒見のいい甥っ子がいるとか!!!! 前世でどんな徳を払ったらその領域に行けるんだ!!!!!!


 ミス・マープルのコミュ力が羨ましすぎて話が逸れました。

 一人でできることが増えると嬉しいねっていう話でした。


 私が今回行ったのは、ピアノのソロリサイタルです。

 私は母親とクローンかというぐらい趣味が似ており、彼女がカリンバを買ったのと同時期に自分もAmazonでカリンバを探していたり、彼女がヨガマットを欲しがっていたのと同時期にヨガマットを買ったりととにかく似たもの親子なのですが、そんな母親が私とおそらく同年代ぐらいの若かりし頃にピアノが大好きだったことを覚えています。

「ピアノの音が好き」

 そんなふうに言っていた母親を踏襲するように、なぜか私は大人になってピアノとほとほと縁が遠くなってからめっっっちゃくちゃピアノが好きな人になりました。

 弾けないし、何にも知識もないけど、とにかくピアノの音が好き!

 ついでにちょこちょこクラシックも聴いていて、オタクがよくやる「音楽を聴きながら推しのMVを作る」っていうのをクラシックでやるぐらい軽率にクラシックを好みます。本当に時代背景とか作曲家とかなんも知らんが。


 そんなこんなで、半年ほど前に「どうしてもクラシックピアノの生演奏が聴きたい!」と思い至り、なんも分からんまま「ピアノリサイタル」という名が付く公演のチケットを買ってしまいました。


 そんなチケットがあったことも半ば忘れつつ公演は近づき、「あっそういえば、チケットがあったっけ……」と思い出した私は、突然脳裏に蘇った記憶に「うわーーー!!!」と悶絶する羽目になりました。


 思い出したのです。

 私はこれまでの人生で、クラシックのコンサートで寝続けていたということを。


 運がいいことに、私の周りには昔から私をコンサートに連れて行ってくれる人がちょくちょくいました。

 例えば、物心がギリついたぐらいの幼少期。

 母親がチケットを予約し、音楽に全然興味なさそうだけど子供に関するフットワークはやたらと軽い父親が会場まで連れて行ってくれ、なんかのコンサートを観たことがあります。

 そこで私は余裕で寝こけて、「寝たわ」ぐらいの感想しか抱かず父親にも「寝てたな」としか言われず、無の感情で帰宅することになりました。


 更には大学時代。

 当時付き合っていた人がめっっちゃクラシック大好きで、デートで会えば常に背中にバイオリンを背負っていて、クラシックなんか微塵も知らず毎日ヒプノシスマイクの楽曲を聴きまくっていた私をせっせとコンサートやミュージカル映画に誘ってくれたボーナスタイムがあったのですが、そこでも私は「寝たわ」ぐらいの感想しか抱かず相手にも「寝てたね」としか言われなかった思い出があります。


 だって「音楽を聴くだけ」って、集中するの無理くないか!?

 じっと座って聴くだけって、じゃあ脳内は、手は、視線は、どうしたらいいの!? そこに意識が向いていないと、人間は寝てしまわないです!?


 私はじっと座っているコンサートには不向きな人間でした。

 そのことをピアノリサイタルの直前に思い出した私は、慌ててものすごく低いハードルを立てることにしました。


 演奏中は寝ない!

 ちゃんと聴く!


 ……失礼すぎる気がする。


 半ばぴえんな気持ちで当日ホールに向かった私は、衝撃的な光景を目にします。


(……ファンレターを持っている女の人たちがいる!!!?!?!?)


 会場にひしめきあっていたのは、とびっきりのお洒落をした素敵な女性たち。

 クラシックコンサートにはドレスコードはないということを覚えていた私は、全身を無印良品で固めたマイ・グッド・スタイルで出向いていたのですが、会場には素敵なワンピースやドレス、着物姿の女性たちがたくさんいる。


 そして何より、グッズ売り場がある!!!!!!!


 グッズ売り場では今回の公演のピアニストさんの顔写真がドーンと乗ったグッズがたくさん置いてあって、それを買いたい女の人たちがめちゃくちゃな長蛇の列を作っていました。

 呆然としつつ視線を動かすと、ホールの隅には『ファン一同より』というプレートが下がった素敵なフラスタが。


 えっ、これ見慣れた光景すぎるな!?!!?!?


 これと同じ光景は、オタクの友達と行く声優のライブで観た覚えがある。私の今の推しが出演するライブでも同じような光景が繰り広げられている。


 ここで私は、ようやく(今日演奏してくれるピアニストさんって、もしかしてものすごく有名な人なのか!?)と気がつき戦慄したわけです。


 慌ててスマホで調べると、めちゃくちゃ有名な人でした。

 誰だったかということは私の名誉のために伏せるのですが、おそらく名前を出したらその人を知っている方に助走をつけて殴りかかられるぐらいには界隈では超有名人だったそうです。


 今の私は、もしかして知らない人気声優さんのライブに来て『声優さんのライブって観てみたかったんだよね〜、なんの役やってる人か知らないけど』とか言ってる様子のおかしい客なのでは……?

 そんな不安を抱きながら席につき、オロオロしながら待っていると頭上で鳴り響く開演のブザー。


 そこから私にとって怒涛の二時間が始まりました。



 結論から申し上げますと、最高に楽しかったです。


 それはひとえに、演奏してくださったピアニストの方が(この人が超絶人気なのには理由があるんだろうな〜)というぐらい人の良さそうな方だったからなのですが、個人的に衝撃だったのは「演奏前に、その楽曲の説明をしてから弾いてくださる」という点でした。


 クラシックコンサートエアプにしてクラシック好きにわかな私は、普段は配信サイトで曲を単体で聴いています。

 そうなると曲に対しての知識は自分から調べないと得ることができなくて、普段の私はその曲単体で「好き」「嫌い」を決めている。


 それに比べて、プロの演奏家さんが解説をしながら生演奏をしてくれる環境の恵まれていることといったらないですね!?

 普通だったら本を何冊か読まないと入ってこなさそうな知識を、専門の方が丁寧に解説してくれて、それを座ったまま「ほへー……」と聴いているうちに世界レベルの生演奏がスタートする。

 なんて最高の時間なんだ、これ……。


 あと個人的に、私がだーいすきな曲をたくさん聴けたのもハッピーでした。

 特にオーケストラの曲であるホルストの組曲惑星のうち「木星」のピアノ編曲が聴けたのが本当に嬉しかった。私、めちゃくちゃ好きなんです。「木星」が好きすぎて他の惑星の曲も全部聴いたぐらいには推しの曲だったので、オーケストラの音色がピアノ一台で完全再現されていることが面白くて一人で大感激でした。


 正直なところ、「寝ない」という目標を達成できたかと言われると怪しい。

 バラード調の曲になると瞼が下がっていたし、意識が飛びかけたところもあったし。


 でも総じて、本当に楽しかったし嬉しかった〜!ときゃっきゃでした。

 お母さん、あなたが行かせたクラシックコンサートで爆睡していた娘はここまで音楽が好きになったよ! あなたの投資は無駄ではなかった!


 楽しかった〜!のスイッチが入った私は、帰宅してからしばらくラデツキー行進曲を一人で聴いて一人で手拍子をして過ごすなどしていました。ずっと楽しくて。我ながらやかましい備忘録だな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

雨井の日記 雨井湖音 @rain_koto

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る