サンタになりたい大人たち

「小さい頃、将来はサンタさんになりたかったんですよ〜」


 私の推し、定期的にそんなことを言っている。

 まだ自分も子供みたいな年齢の推しがそんなことをおっしゃるものだから、オタクは「可愛い〜!」とメロメロになってしまうのであるが、最近ふとこんなことを考えた。


 私もなりたい、サンタさん。


 これは断じて、我が推しが子供時代に抱いたような可愛らしい夢物語と同じ色の願望ではない。

 私がこの夢を抱いているとき、たいてい私は一人暮らしにしては若干広い部屋で布団を被り、スマホを真冬のホッカイロみたいに握りしめて真顔で固まっている。目は完全に据わっている。『三十分以内に救助が来なかったらどうしよう』ぐらいの面持ちで、『私もなりたい、サンタさん』と思っているのである。サンタ志望の若者は絶対にこんな死んだ目をしてはいない。


 何を隠そう私という人間は、パートナーなんていらない!と胸を張るつよつよシングル人間を目指しているわりには、子供が好きなのだ。

 どなたかが大切に育てている子供さんと、ただただ同じ空間に居合わせただけでかなりホクホクできるのだが、たまに突然の「子供と一緒に暮らしたい!」という衝動に襲われることがある。


 その衝動が見据える未来では、私はだいたいは自分が産んではいない子供のそばにいる。


 いつだか、「こんなに汚い部屋だったら、子供を招くことなんてできないよ!」と思い立って、その日のうちにニトリに行って大きな衣装ケースを二つ買ったことがある。

 子供と一緒に暮らすために私が必要だと思うことは、マッチングアプリに登録するとか街コンに参加するとかじゃなくて、「ある日、急に子供を預かることになっても『いいよ!』と言えるように、部屋をきれいにしよう」なのだ。現実味がなさすぎるけど、私にとっての「子供と暮らす」とはずっとそういうイメージだった。世の中の子供さんがのびのびと暮らすために、私を利用してほしいと思う。私がなりたいのは、ディズニー映画『眠れる森の美女』に出てくる三人の妖精だ。これって、超絶イケメンと結婚してお姫様みたいな宮殿で結婚式をあげたい!っていう欲望よりも、もっとずっと都合がいいなと思う。シンデレラストーリー以上のものを期待している自覚がある。


 お姫様を育てる妖精になりたいというのが欲深すぎるなら、せめてサンタさんはどうだろうか。


 サンタさんは年に一度だけ、子供たちの前には姿も現さずに素敵な思い出を与えてくれる。

 子供の「ありがとう」を直接聞くことはないけれど、それでもソリの上で楽しそうにプレゼントを配っている。


 私はずっとサンタさんになりたかった。幸いなことに、現代社会ではサンタさんになる方法はいくらでもある。検索したらたくさん出てくる。サンタさんを求めている子供たちも、サンタさんになるための寄付先も。


 今までなかなか「サンタさんになろう」と踏み切れなかった理由は、私がお金を使うのが本当に苦手だからだった。


 私は本当に、金を使うのが怖い。

 お金というものの存在がよくつかめていないのだ。「これって贅沢かもしれない」「これは私の身の丈に合っていないかもしれない」という恐怖心から、何かを買うときは幸福感よりも罪悪感の方に意識が向いている。


 あと単純に、自分がTwitterで「今の若者の給料、こんなに安い!」と話題になる程度の金額の給与をリアルでもらっている奴だからというのもある。毎月、給料明細を見て「Twitter!?」とびっくりする日々だ。

(どうでもいいけど、いつまで経っても私は「X」よりも「Twitter」の方がしっくりきてしまうのだけど、皆さんもうとっくに順応していらっしゃるのだろうか…?)


 でも今年は、少し違う。


 私は小説家になるそうだ。


 ということは、つまり、少々お金が入るわけで……?


 こういった書くと方々に失礼な気がするけれど、情けないことに私はそういったきっかけに縋らないと新しいことに踏み出せない人間で、「つまり、少々お金が……?」というのも自分を騙している方便として取らぬ狸の皮算用をしているからに他ならない。


 実際にお金が入ることが大事なのではなく、何か新しいことをしてもいいというきっかけがほしいだけなのだ。

 許してくれ。なんかこう、小さいときに「小説家になりたい!」と夢を見ていた私。この流れで金の話なんてする大人になってほしくなかったよな、絶対。


 でも、種類はどうあれ私はもう大人なので、今年はなるべく意識してサンタさんになろうと思う。


 募金とか、寄付とか、色々とインターネットに情報は溢れているもので、荒唐無稽な夢ですら叶えてくれる現代社会がありがたい。


 大きな衣装ケースを購入すれば子供が来てくれるという想像よりも、「サンタさんになる」という夢の方がよっぽど地に足がついているのが本当に不思議で、年甲斐もなくワクワクしながらビールを飲んでいる夜である。

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