第2話 これは罠だ
フィオラリア宮殿は、海岸の小高い丘の上にあり、海を宮殿の三方から見ることができる。
馬車でその宮殿に連れてこられたナジェダは、また宮殿の地下牢に閉じ込められるのであろうと予想をつけていた。
優雅な宮殿の下に隠された地下牢を想像するだけで、憂鬱になる。
だが、これが自分の人生なのだから仕方ない。大帝国の地下牢であるから、アシュタリア連邦のアルディス王国で牢につながれた時よりはまともだろうか。
あの時は本当に最悪だった。
身に覚えのないことで責められて、地下牢に閉じ込められて。食事も満足に与えられず、何か知っているかと責めぬかれ続けて。
後でナジェダに親切な長兄の話してくれたことによれば、国々の寄せ集めであるアシュタリア連邦の微妙な政治闘争の中、父がアルディス王国を裏切ったから、人質のナジェダは責めぬかれ、殺される予定だったらしい。
長兄がアルディス王国からナジェダを奪還したため、彼女は死なずに済んでいる。
自分はなんなのだろう、と思った。
そして、今。
ナジェダは宮殿の奥へと案内された。中はやはり輝くモザイク画や美しい壁画で彩られていたが、その部屋を通り過ぎ、ぐるりと張りめぐらされた柱廊を歩かされた。
目の前を歩く従者はナジェダを地下へ招く気はないらしい。
柱廊の柱と柱の間からは、鮮やかな
その海に見惚れていると、ナジェダは声を掛けられた。
「レナの姫君。こちらです」
大きく壮麗な扉に圧倒される。地下牢には閉じ込められないらしい。
「……はい」
警戒する。この扉は何だろう。こんな壮麗な扉を持つ部屋に呼ばれたということは、この部屋に父親の所業を責め抜く文官が三名ほどいるはずだ。
扉が開かれた。
まず目に飛び込んできたのは、テーブルだった。磨き抜かれた木のテーブルには鮮やかで美しい細工が施されている。そして、そのテーブルには
従者が微笑みながら言う。
「長い旅路でさぞお疲れでしょう。果物でもお召し上がりください。ご入用なら飲み物もご用意いたします」
「……え、あ」
あり得ない。カリスパリアは何を考えているのか。
さらに、部屋は二部屋で一つになっていて、奥の部屋のほうには天蓋付きの寝台があった。それ以外にも衣装を入れる
「……どういう……こと?」
ごくりと唾を飲んだ。
――これは罠だ。
自分の経験が告げている。信じられない。この国は何かを隠しているに違いない。人質としての本分をわすれそうなほど贅沢をさせて得することなど何もないはずだ。
「これが、わたしの部屋ですか?」
従者に尋ねると、「そうです」と彼は頷いた。
「ご不満……ですか?」
不満どころか恐怖でしかない。
きっと、今ごろ皇帝の派遣した兵に父や兄は殺されていて、ナジェダも殺されるから、最後はこの世に恨みを残して死なないようにこんな贅沢な部屋をあてがわれたのかもしれない。
「いえ……、父や兄は大丈夫でしょうか」
従者は不審げな顔をした。
「失礼ですが、公爵様と公子様にお会いになりたいのですか?」
「……」
首を大きく横に振る。優しい兄には会いたいがすぐ裏切る父には会いたくない。
「本当に、このお部屋を使わせていただいても?」
恐れとおののきが混じった表情で、ナジェダは従者に訊いた。
「はい。姫君はこのカリスパリア帝国の大事なお客人でございます。大事な客を無下に扱う者がどこにおりましょう」
信じられない。客だなんて。このあと殺す人間を。
心のなかを疑いでいっぱいにしながら、従者をねめつけるように見てしまった。
「姫君……?」
「いえ、何でも。申し訳ありません」
今まで、このような扱いを受けたことはない。心が不安で焼き切れそうになりながら、部屋の中へ入っていく。
――皇帝は何を考えているの。
公爵が裏切ればさっさと殺す人質など、地下牢に入れておいた方がいいものを。底知れない考えを持っているようで恐ろしい。
少なくともナジェダの今の頭では、この事態を理解することは出来ない。
美しい宮殿。生活できるものが整った快適な部屋。丁寧な物腰の従者。
「どういう……こと……」
彼女はこのあと来る事態に震えた。とりあえず、部屋の片隅に静かに座った。
従者が目をまたたかせる。
「あの、姫君、隅がお好きなのですか……?」
「……」
部屋の真ん中に移動して座った。
「姫君……?」
すると、「まあ! どうして姫君を地べたに座らせているのです」という凛とした声が聞こえる。
次の更新予定
2024年11月16日 21:00
人質姫は皇帝の溺愛から逃れたいっ! はりか @coharu-0423
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