百角獣になりたい!

外清内ダク

百角獣になりたい!



「生まれつき二重ふたえづのの先生には、私の気持ちは分かりませんよ!」

 とうとう一角獣が泣きだしたので、医師は困り果てて天を仰いだ。最近はこういう患者が多くて困る。とにかく全部メディアが悪い。二重ふたえづのすなわちカワイイ、なんていう風潮を、気味が悪いほどの執念深さで長年にわたって宣伝しつづけたものだから、真に受ける獣が増えに増え、今ではほとんど社会通念と言えるレベルにまで浸透してしまった。まあ、獣の方にも責任はある。「二重ふたえがカワイイ」という価値観だけ受け取っていればよいものを、いつのまにかそれを裏っ返して「一重ひとえづのはブス」などと読み替えてしまう。あまつさえ、一重ひとえつのを持って生まれた当の本人が他の誰より深くこんな妄念を信じ込んで、どんどん自分を追い込んでいく。これはよくない。まったくよくない。

「まあ落ち着いて」

 医師は一角獣を落ち着かせようと、ひづめを獣の肩にかけた。

「角の数で獣の価値は変わりませんよ。あなたは今のままで充分魅力的なんです」

「そういうの聞き飽きてます。医学的には可能なんでしょう?」

「そりゃあ、まあ……」

「やってください」

 一角獣の縦割れした瞳が「ここでダメなら他の病院へ行くまで」と、ハッキリ物語っていた。

「私を二重ふたえづのにしてください」



   *



 人類滅亡後に偶蹄目ぐうていもくが文明を築いて、はや一万年余り。獣たちはいつの時代も流行ファッションに踊らされ続けてきた。「上顎切歯じょうがくせっしが無いのが紳士」と言われれば前歯を抜き、「ひづめがブ厚いのがギャルのたしなみ」と言われれば厚み20cmの蹄鉄ていてつをつけ、「葦毛あしげこそ清潔感ある」と言われればみんなで毛を脱色する。そして今は二重ふたえづのの時代というわけだ。

 こんな体の特徴を、流行り廃りで良し悪しするのはぜんぜん理にかなってないことだが、そんなふうにスッパリと割り切ることもできないのが獣の情、獣情けもじょうである。年頃の獣なら自分の見た目に思い悩みもする。

 一角獣の願いは聞き届けられた。外科的手術によって、二本目の角が移植されたのだ。もともと一角獣の角はひたいのまんなかに生えていたから、その少し上あたりに、ちょっと小ぶりなやつを埋め込んだ。

 一角獣は鏡を見て大満足し、涙を流しながら医師に礼を言った。

「これで私も獣になれます」

 ずっとコンプレックスだった角の問題を解決して病院を出ると、世界がまるで違って見える。目にするものすべてが美しい。空も雲も街も獣もみんなキラキラ輝いている。一角獣は溜息をついた。ああ、自分に自信があるというのは、こういうことなのか。変わったのは自分自身。でも、その変化が自分以外のあらゆるものを変えてしまうのだ。

 ところが、一角獣の感動は、そう長くは続かなかった。

 その年の終わりごろ、大手SNS「Y」において、こんなポストがバズったのだ。

『いまだに「二重ふたえづのカワイイ」とか言ってるの、中年っぽいよな。現役世代はとっくに三本角』



   *



 一角獣は愕然とした。ひづめをカッポカッポとスマホに打ち付けてファッション記事を読み漁った。確かに、ある。『二本角は20年前の流行』『「二重ふたえ」という言い方自体、今は使わない』『最近の子は三本角が主流』そんなことを無限に書き連ねたブログが、あっちにも、こっちにも!

「うぇひひひぃぃん!」

 一角獣はいなないた。そんな! せっかく二重ふたえにしてもらったばかりなのに! 鳴きながら一角獣は病院に駆け込み、医師の前で絶叫した。

「三本角にしてください!」

 というわけで、左側頭部に巻き角を追加した。

 だが年明けには、

『ヘクサケラータが今年のトレンド! (※ヘクサケラータ=六本角のこと)』

 六本! いきなり六本! 一角獣は涙目になった。なぜ六本? なんで年が明けたばっかりで今年のトレンドが分かる? というか『ヘクサケラータ』って何それ、何語なにご? 脳みその中を無数の疑問がグルグル渦を巻いていたが、流行には逆らえない。乗るしかないのだ、このビッグウェーブに。再再手術だ。角六本だ!

 半年後『角14本の秋色スタイル』

 年末『ぜったいハズさない初詣21本角コーデ』

 初夏『夏の愛され42角獣』

 流行はどんどん移り変わっていく。すさまじい勢いで角が増えていく。もう一角獣の顔面はどこもかしこも角だらけで新しく生やすスペースが足りず、首や肩にまで角を埋め込んだ。朝起きて大きく背伸びをすると両肩の角がほっぺたに刺さって困るのだが、その程度のこと、カワイくなるためなら問題ではない。

 半年が過ぎた。一年が過ぎた。背中にも生やした。膝にも生やした。もはや一角獣とは呼べない。全身角まみれになったその姿は、百角獣。まさに百角獣と呼ぶにふさわしいものであった。

 百角獣は、角で画面にひっかき傷を作らないよう苦労しながらスマホをいじり、今日もファッションブログに目を通していたが、その中に驚くべき記事を発見した。

『角増やしすぎの時代は終了! 一角獣が最強カワイイ!』

 そのあと百角獣がどんな道をたどったのかは、誰も知らない。




THE END.

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