第102話

何で子ブタ? と質問しようと、口をぱかっと開ける僕。でも僕が声を出すより一瞬早く、瀬尾さんは答えてくれた。


「両親が笑ってくれた、最後の思い出だからかな?」

「最後の思い出?」

「うん。私が保育園をやめちゃう前に、お遊戯会があったでしょ? 私達のクラス、『おんまはみんな』を歌ったじゃない。馬役と子ブタ役に別れてさ」


 さすがにお遊戯会の事までは思い出せなかったが、この前の瀬尾さんの歓迎会と称したカラオケの時の事は思い出した。あの時も瀬尾さんは「一緒に歌ったじゃない?」と言っていたっけ。もしかして、そのお遊戯会の事を言ってたのか?


 正直に「覚えてない」と答えるが、瀬尾さんは特に気分を害した様子も見せず、そのまま話を続けた。


「うちの両親、仕事人間で毎日忙しくしててさ。私の世話はいっつもおばあちゃん任せだったんだけど、あのお遊戯会の時だけは珍しく二人とも休みを合わせて見に来てくれるって言うから、私ものすごく張り切ってたんだ。馬役だったから、馬のお面にふさふさのカッコいいしっぽも付いてたから」

「そうだったっけ? 僕はどっちだった?」

「キヨ君も馬役だったよ。でも本番当日になって、子ブタ役の子が一人休んで数が合わなくなるからって、私だけ急に子ブタ役に変えられたの。まさかあの年で絶望ってものを知るとは思わなかったなあ」


 今となってはもう顔も名前も覚えていないけど、当時の保育園の担任だった先生にちょっとだけ腹が立った。いくら何でも、それは無神経だったんじゃないかと。瀬尾さんの家庭環境を考えてあげてほしかったし、別に無理に帳尻を合わせる必要もなかったはずなのに。


 だが、そんなふうに考えている僕を尻目に、瀬尾さんは幸せそうにどんどん話を続けていった。


「私、それまで子ブタにいいイメージを持ってなかったの。馬より足は遅いし、太っちょだし、しっぽだって全然かわいくないのにって。でも、お遊戯会の出番が終わった時ね、お父さんもお母さんもものすごく優しく笑いながら言ってくれたの。『子ブタさんのしっぽを着けたはるか、ものすごくかわいかったよ』『お歌、とっても上手に歌えていたね』って。あんなに褒めてもらえたの初めてだったから、本当に嬉しかった。あの瞬間から、私にとってしっぽは何よりも大切なものになったの」


 それから数日後に、ご両親は交通事故で亡くなったと瀬尾さんは続けた。僕は先ほど仏壇に飾られていた瀬尾さんのご両親の遺影を静かに思い出す。二人とも理知的かつ聡明そうに見えるが、それ以上にとても優しそうな人達に見えた。

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