第100話

三日後、土曜日の午後。僕は上代さんから教えてもらった瀬尾さんの家の住所に向かって、自転車を走らせていた。


 軽い風邪だと油断して安い市販薬しか飲んでいなかったらしい瀬尾さんは、案の定こじらせてしまった。昨日、やっと熱が下がったと上代さん宛てのLINEメッセージを見せてもらった時は、どれだけほっとした事か……。


 しかし、それもほんの一瞬の事。上代さんが妙に悪戯っぽい笑みを浮かべているなと思っていたけど、次に瀬尾さんへの返信が見えた時は、もう何ていうか……!


『風邪拗らせたとか、あんたどんだけ腹出して寝てたのよ(笑)』

『ていうか、泉坂ったら、私のすぐ横でチョー心配してるんだけど~』

『明日、お見舞いに行きたいって~。どうする?(笑)』


 ゲラゲラと笑う井上君に羽交い絞めにされてしまっては、上代さんからスマホを取り上げて送信取り消しボタンを押す事さえできやしない。何秒と経たないうちに既読が付いてしまい、『キヨ君、ありがとう!』なんてメッセージが液晶画面に浮かんだ時には、僕の顔は茹でダコみたいになっていた。


「言っとくけどな、泉坂。間違ってもお見舞いに鉢植えなんて持ってくんじゃないぞ?」

「そうよ。持ってくならゼリーとか、のど越しのいい物にしてあげなさいよね?」


 二人からのやや強引なアドバイスに従って、僕の自転車の前かごの中には近くの和菓子屋で買ってきたフルーツ入りの寒天ゼリーを詰め合わせた箱が入っている。母さんから聞いた限りだと、甘さ控えめで女性客の人気も相当高いらしいから、これで瀬尾さんも喜んでくれたらいいな……と、少なからず思っていた。


 自転車をこぎ続けて三十分くらいだっただろうか、少し質素で古い感じの二階建て一軒家の前にようやく辿り着く事ができた。間違いがないか、もう一度上代さんとのLINEを確認する。うん、間違いない。この家だ。


 通行の邪魔にならないよう、自転車を一軒家の塀の一角に添うように置かせてもらい、まずはインターホンを探そうと視線を動かす。すると、まるで僕が来たタイミングを見計らったかのように、一軒家の玄関がゆっくりと開かれ、そこから一人のおばあさんがほうきとちり取りを手に出てきた。


 僕のおばあちゃんより少し年上だろうかと小首を傾げていれば、そのおばあさんとぱたりと目が合う。そしたらおばあさんは、誰かさんにそっくりなぱあっとした明るい笑みを浮かべてこっちに近付いてきた。


「まあまあ、あなたキヨ君よね? すっかり大きくなっちゃって!」

「……こんにちは」


 僕はおばあさんの事は覚えていなかったけど、あっちはずいぶんと覚えてくれていたらしい。懐かしいだの、保育園の頃の面影が残ってるだのとちょっぴり気恥ずかしい事を言いながら、僕を家の中へと案内してくれた。

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