第98話
「……心配しなくても、瀬尾はさほど落ち込んでない。むしろ、あっけらかんとしてたわ」
上代さんのおじさんのカラオケ店。例のごとく『⑤』とだけ記された橙色の扉の部屋に入ってソファに座るなり、上代さんは僕にそう言い放った。
「私だってさすがにヤバいと思って、あの後追い付いてからすぐに謝ったわよ。でも瀬尾の奴、『キヨ君の方がもっとつらいから』とか言って笑ってた。で、その後、勝手に躓いて水だまりに顔からダイブしたの」
「え、それじゃあ……」
「今朝、瀬尾からLINE来てた」
いつの間に交換していたのか、上代さんが見せてくれたスマホのLINEトーク画面には瀬尾さんからのメッセージがあった。『風邪ひいちゃった~』『今日学校休むね』『新作のしっぽ、いい出来だったのに~』『よかったら、キヨ君や井上君にも見せて!』というメッセージの後で、何だかやたら短くて毛もない上、くるくると渦を巻いているかのような形のピンク色のしっぽを着けている瀬尾さんの下半身が写っている写真が載せられていた。
思わず「何のしっぽだ、これ?」と口に出してしまったが、上代さんは「さあ?」と首を傾げるだけだ。井上君もじいっと写真を見つめていたが、やがて安心したかのように長い息を吐き出した後で「瀬尾さんの件は、これで大丈夫だな」と言った。
「後はお前だな、泉坂」
「え……」
「ここまで来て、もう隠し事はやめろよ? 話せる範囲でいいから話してくれよ」
そう言うと、僕の真正面に座っていた井上君がぴしりと姿勢を正して真面目に聞こうという体勢を取る。それを見て取ったのか、上代さんも彼に倣うように座り直した。
確かにその通りだなと、僕は思った。やっとできた
「……あいつとは、ひと言で言ったら異母兄弟って奴だよ」
僕は、上代さんと同じ舞台に立っていた「あいつ」の姿を今一度思い出しながら、話し始める。上代さんも井上君も、僕が話し終えるまで一切口を挟む事なく黙って聞いてくれていた。
二時間後。すっかり話し終えた僕を労うかのように、おじさんがいつものパフェを持って部屋に入ってきた。「今の話、瀬尾にLINEで伝えていい……?」と言う上代さんに頷いてから、僕はおじさんからパフェを受け取る。するとおじさんは、ニカッとした笑みを浮かべながらこう言ってくれた。
「君のつらさはいつまでも続かない。やがて広い大空から差すまばゆい太陽の光のように、希望が必ず降り注ぐ。それを信じて、前に進むんだ!」
昔、小さな子供だった頃。それこそ瀬尾さんと出会った頃、夢中になって何度も聞いて真似していた言葉だ。一番大好きだった憧れのヒーロー、タイタンレッドの決めゼリフじゃないか……!
そういえば上代さん、おじさんは俳優をしていたって……!
僕が大きく両目を見開いていれば、おじさんは「俺もまだまだイケるかもな~」なんて言いながら、ひどく照れ臭そうに後ろ手で頭を掻いていた。
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