第97話
翌日。瀬尾さんは転校以来、初めて学校を休んだ。
あの後、井上君もすぐに帰ったが、玄関を出る際、「瀬尾さんに謝るなら付き合うし、何なら一緒に頭を下げてやるからな」とずいぶん頼もしい事を言ってくれた。
何なんだ、僕のこの体たらくは。これって、上代さんとの事で落ち込んでいた瀬尾さんに僕が言ったのと同じじゃないか。あの時は、ひどく落ち込んでいる瀬尾さんの姿を見たくなくて自然と口に出す事ができた、嘘偽りのない言葉だった。それなのにどうして、瀬尾さんをあんなにも傷付ける事ができたんだ。
母さんが買い物から帰ってくるまで、僕はこれ以上ないってくらいの大きな罪悪感に苛まれていた。そんな僕を見た母さんはとても慌てたものだが、僕が「違うよ、父さんやあいつの事でじゃないから」とだけ告げると、ほうっと小さな息をついた後でこう言ってくれた。
「必要以上に、時間を空けないようにね。でないと、お母さん達みたいになっちゃうから」
短いながらも的確なアドバイスに、僕はしっかりと頷く。だから、明日学校で瀬尾さんに会ったら、真っ先に謝ろう。昼休みには弁当も一緒に食べて、明日着けてくるしっぽもこれでもかってくらいに褒めてあげようって思っていた。いつもみたいに、明るい笑顔を見せてくれる瀬尾さんに会いたかった。
なのに、朝のホームルームで木場先生の「今日の欠席は……ああ、瀬尾さんだけね」と、ため息と共に吐き出された言葉に、僕は少なからず絶望に近い気持ちを味わった。
もしかしたら、この間までの上代さんみたいに、しばらく教室に来ないんじゃないかって思った。朝からずっと空っぽのままの瀬尾さんの席が視界に入るたびに、僕は苦しくてたまらなかった。
何でだろう。瀬尾さんが転校してくるまで、別に一人でいたってどうって事はなかったのに。一日中、自分の席に座りっぱなしで誰とも話さなくったって全然苦じゃなかったし、一人で食べる弁当が味気ないって事もなかった。
なのに、日替わりでいろんなしっぽを着けてくる瀬尾さんの明るい笑顔は、確かに僕の中の何かを変えた。それが何かを知ろうとする前に、僕は瀬尾さんに八つ当たりをしてひどい事を言ってしまった。僕の事なら何でも肯定的に捉えてくれる瀬尾さんに、すっかり甘えてしまっていたんだ。
ずっとそんな事ばかり考えていたから、午前中の授業の内容なんて全く頭に入らなかったし、ノートすら取らなかった。これはさすがに誰かから借りた方がいいとは思ったけど、こんな情けない僕に貸してくれる人なんて……。そう思い始めた昼休みの事だった。
「泉坂」
一人で弁当を食べようと、のろのろ箸を持とうとしていた僕の席へ足早に近付いてきたのは上代さんだった。そんな彼女のすぐ後ろには、井上君がちょっと苦笑いを浮かべて立っている。
「あんた、今日の放課後付き合いなさいよ」
「え……」
「言っとくけど、拒否権はないからね!」
僕を指差しながら、上代さんがぴしゃりと言う。井上君も「ここは観念しておけ、泉坂」と言った。
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