第88話
それから間もなく、オーディションは始まった。
どうやら今回は年齢順に審査していくようで、受付で配られたパンフレットに改めて目を通してみれば、下は小学一年生から最年長は八十五歳と出揃っている。本当に年齢や老若男女関係なく審査してくれるんだなと、ほんのちょっと感心した。
パンフレットに書かれている登場順を確認してみれば、上代さんの出番は三十五人中、十六番目となっていた。一人持ち時間は五分前後と決められているから、少なくとも彼女の出番までまだ一時間半近くある。
上代さん以外は知らない人間ばかりだからと、他の出場者の名前なんて全く確認していなかった。僕がそれを激しく後悔する事になったのは、オーディション開始からそろそろ一時間ほどが過ぎようかという頃だった。
「……はい、ありがとうございました。それでは、次の出場者をご紹介致します」
先ほどのパンツスーツ姿の女性は、どうやらオーディションの進行役も担っていたようで、先ほどからとてもスムーズに出場者の出番を操作している。そんな中、十番目の出場者が舞台袖に去っていくのを見届けた後で、手に持っている進行カードに目を通しながらこう言った。
「エントリーナンバー11番、
その瞬間、ホールの中がざわりとどよめいた。
一番最初に出てきた小学一年生の女の子は、つい最近放送が始まったばかりのアニメの主題歌を歌っていて、質が変わってしまっていた空気に温かい春風のような雰囲気を醸し出してくれた。それだけでほっとしていたというのに、今の紹介でまたすっかり変わった。
「おいおい。十歳で『Lemon』とか、とんでもないチャレンジャーだな」
井上君がそう言うのを横で聞いて、おじさんもうんうんと頷く。一方、瀬尾さんは上代さんの応援をする事で頭がいっぱいなのか、結構長めに作ってあった馬のしっぽを前に回し、自分の腕の中でぎゅうっと抱き締めるように抱え込んでいた。
「ねえ、キヨ君。皆ものすごく上手だけど、上代さんなら大丈夫だよね? 優勝できるよね?」
「……」
「キヨ君?」
瀬尾さんが何度も僕の名前を呼んでいたようだけど、僕はもうそれどころじゃなかった。
……どういう事だよ? 何で「あいつ」の名前がこんな所で呼ばれるんだ? そんな事、ありえるはずがないのに。どうして、ここにいるんだ!?
頼むから、お願いだから、どうか同姓同名の別人であってくれ……!
心の底からそう祈ったが、やっぱり神様って奴は相当意地が悪いらしい。僕の願いはいとも簡単に一蹴された。
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