第四章

第84話

二週間後の日曜日。僕は開始時間より一時間ほど早く、上代さんが出場するオーディション会場の前に着いた。


 県内で一、二を誇る大きなドーム状の会場を丸一日貸し切って執り行われるだけあって、僕が辿り着いた時には周囲は出場者やその応援の人々ですでにいっぱいだった。おまけに彼らのピリピリとした緊張感が空気の中を伝って肌に突き刺さってくるし、ちょっと歩いただけでその誰かの強張った顔と目が合うという事が続いてしまうから、居心地の悪さはこの間のカラオケ店の時とは全く比べ物にならない。


 現地集合の待ち合わせだなんて、承知するんじゃなかった。ここまでの人混みになると分かっていたら、最初から駅前にすればよかったと後悔しながら、僕は待ち合わせている三人の姿を必死に捜しながら会場の入り口を目指す。こんなに人が多いんだ。すぐに見つかるという事は難しいかもしれないなんて思っていたら、五分と経たないうちに、僕達の中で一番目立つだろうその姿を見つける事ができた。


「……あっ! キヨ君、おはよう~!」


 きっと、僕よりも早い時間に着いていたんだろう。会場の入り口の前に立っていた瀬尾さんが、僕の顔を見るなり大きく右腕を宙に挙げてぶんぶんと振ってきた。


「お、おはよう……」

「あはっ。キヨ君の私服姿、初めて見た~! この間おうちに行った時はパジャマだったしね!」


 学校じゃない上に日曜日なんだから、何を当たり前の事を言ってるんだろうと思っていたけど、僕も瀬尾さんの私服姿を見るのは何だか新鮮な気分だった。シャツにズボンという大した事のない僕のコーデと違って、瀬尾さんは薄青色のワンピースに丈が少し短めな白の上着を合わせるというとても清楚な感じに仕上げている。ゆえに、腰元に縫い付けてあるふさふさの真っ黒いしっぽが余計に目立ってしまっていた。


「……今日のしっぽのこころは?」


 片手で頭を抱えながら、残念に思っている気持ちを余すところなく声色に乗せてやるも、瀬尾さんはこれっぽっちも気にしない様子で「馬!」と答えた。


「キヨ君、知ってる? 馬ってね、勝負運を強くしたり、成功を掴み取るってイメージがある縁起のいい動物なんだよ! だから、今日の上代さんの応援にはぴったりだと思って徹夜で作ったの!」


 ……は? 徹夜で作った?


 瀬尾さんの言葉にぱっとその顔を見て見れば、確かに夜なべした事がはっきりと分かるように目元にはクマができているし、心なしか目も充血してるような気がする。しかしその甲斐あってか、薄青色の清楚でかわいいワンピースに全くそぐわない馬モチーフの黒いしっぽは、これまでのものよりもかなり完成度が高いように見えた。

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