第83話

記事にはその歌唱コンクールの詳しい概要が書かれていたようだが、僕はそれよりも中央の位置に飾られていた写真の方がずいぶんと気になった。そこに写っている一人の小さな女の子に見覚えがあったからだ。


「これ、上代さんか……?」


 その写真をじっと見つめながら僕が言うと、おじさんが「そうだな」と答えてくれた。


「サナ、その大会で優勝したんだ。審査員の先生もメチャクチャ褒めてくれてな? 未来の大物歌手を見つけてしまったかもしれないとまで言ってくれたんだよ」

「へえ……」


 おじさんの言う通り、写真の中にいる小さい上代さんは表彰状を大事そうに、そして誇らしげに持っている。その自信に満ち溢れた様は、将来の自分が進むであろう道を全く疑ってないようにも見えた。だからこそ、僕も井上君も、そして何より瀬尾さんも今の上代さんに納得がいかなかった。


「そんなにすごい事をやってのけたのに、どうして上代は……」


 ぽつりと井上君がつぶやくように疑問を口にする。するとおじさんは、さっきまでの嬉しそうな表情から一転、ひどく悲しげに顔を歪ませながら言った。


「そうやって頑張って得た賞や努力を、実の父親に全否定された挙げ句にぶち壊されてみろ。誰だって絶望するだろ?」

「え?」

「あのバカ兄貴はな。その写真の表彰状、サナの目の前で燃やしやがったんだ。『こんな物は何の役にも立たないんだから、もっと家の為になるような努力をしろ』とかぬかしながら……」


 テーブルの上に投げ出されていたおじさんの両手のこぶしが、悔しそうにぎゅうっと力強く握り込まれる。その細かく震え出した両手を見てしまえば、僕達はもう何の言葉も紡げなくなっていた。


「俺は何言われてもいいんだよ」


 少し俯き加減になりながら、おじさんは言葉を続けた。


「俺は自分の夢を中途半端な形で終わらせちまったから、親父や兄貴にどんなにバカにされたって構わねえ。でも、サナは違う。サナの才能は本物なんだ。それなのに、あんなひどい形で否定されたら……」

「おじさん……」

「ありがとうな、はるかちゃんに清人君。それと……?」


 あ、井上公孝ですと、井上君が名乗ると、おじさんは「公孝君も」と言ってまた笑った。


「サナのやる気が出たのも、お前らのおかげだ。サナはいい友達を持ったなぁ」


 心底感謝するかのように言ってくるおじさんだったが、僕はむずがゆくて居心地が悪くなった。僕は何もしていない。上代さんがやる気を取り戻したというのなら、それは全部瀬尾さんのおかげだと思うから。


 でも、そんなおじさんの言葉を聞いて、瀬尾さんもまた嬉しそうに微笑むものだから、僕はそこに口を挟めず、とうとう否定する事ができなかった。






「皆で一緒に、サナを応援しような!」


 最後にそう言ったおじさんに見送られて、僕達は帰路に着く。そして駅前で瀬尾さんとも別れた後、急に井上君がこう切り出してきた。


「……ところで、泉坂はいつになったら自分の夢に素直になるんだ?」

「え?」

「瀬尾さんは言わずもがな、上代だって前を向き始めた。だから次はお前の番なんじゃねえの? 俺、ずっと待ってるんだけど」


 僕は、井上君のその言葉に、何も応える事ができなかった……。

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