第80話
「あっ! 上代さん、おはよう~! 私ね、昨日のメモ、ちゃんとキヨ君に渡せたよ!」
「おはよう、上代。昨日はよく頑張ったな。俺、ちょっと感動したぞ?」
瀬尾さんの言ってる事は、まあ分かる。僕の事でケンカしようと思ってた時に、その相手から言伝を頼まれたんだ。あの頃と全く変わっていない瀬尾さんの事だから、きっとものすごく嬉しかったに違いない。
そして、井上君の言ってる事も……まあ、何となく分かったような気がした。こんな僕にしょっちゅう声をかけてくるくらいなんだから、きっと、昨日の彼女達の様子が目に留まった瞬間、すぐさま仲裁しようとしてくれたに違いない。でも、それは杞憂に終わったばかりか、瀬尾さんに僕宛のメモを渡す上代さんを見て、少なからず感極まったってところなんだろうな。
でも、そういう大げさなくらいの嬉しさや感動っていうものは、どうか自分の心の中だけに留めておいてほしいものだ。僕はそんな二人に挟まれて、あっという間に顔を赤くしていく上代さんの気持ちも非常によく分かった。
確かに瀬尾さんの言う通り、勢いで僕に言ってしまった言葉をすぐに反省してくれたんだろう。でも、あの性格上、それを素直に口にも態度にも出すのは相当の勇気が必要だったはずだ。そして考えに考えた末に、僕にメモをよこすという精いっぱいの行動に出てくれた。
今だって、そうだ。たぶん、あのメモだけだと弱いと思ってくれたからこそ、もう一度僕に謝るつもりでこうして近付いてきてくれたんだ。グループの女子達を連れてくる事だってできたはずなのに、ちゃんとけじめをつけたいが為に一人で来てくれて……。
そんな精いっぱいの勇気を知ってか知らずか、瀬尾さんと井上君はまだ上代さんに話しかけ続けている。もうそろそろ勘弁してやってほしいと、僕が口を開きかけたその時だった。
「……っ、これ!!」
限界まで顔を真っ赤にさせた上代さんがまた俯き加減になる。だが、右手を突然振りかざすと、その中に持っていた物を勢いよく僕の机の上に叩き付けてきた。
教室中に、バァーン! と、ものすごい音が響き渡る。上代さん抜きでもおしゃべりに興じていたグループの女子達がその音に「ぎゃあっ!」なんてとんでもない悲鳴をあげたけど、他の皆はあまりにも驚きすぎて声も出ないといった感じにこっちを見ていた。
瀬尾さんも井上君も、あまりにも唐突な上代さんの行動に目を丸くしている。だけど、すぐ目の前でそんな真似をされた僕の身にもなってほしい。振り下ろされた上代さんの指先が前髪にわずかに触れて、チッと鳴ったし、その何かを乱暴に机の上に叩き付けられたから、一時間目に使う数学の教科書と筆箱が床へとずり落ちてしまった。
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