第79話

「あ、今日はね。ウサギさんのしっぽにしたの!」


 僕の視線に気付いて、瀬尾さんがくるりと背中を向ける。これまで細長いものばかり見てきたせいか、ウサギ風だというその丸っこくて長さが全く足りないしっぽは、何だかちょっと物足りなく感じてしまった。


「どう? 似合ってる?」


 ワクワクした感じにそう尋ねてくる瀬尾さん。僕は正直に「前の方がよかった」と言おうとしたが、その直前に二人目が僕の席へとやってきた。


「うん。今日のしっぽもよく似合ってるよ、瀬尾さん」

「……キヨ君のライバルに言われてもなぁ」


 自分の背後からそう声をかけられた瀬尾さんは、ちょっと不満そうに言葉を返す。それに二人目――井上君は「え~? そうかぁ?」と困ったように笑ってから、僕へと視線を向けてきた。


「おはよう、泉坂。体はもう大丈夫なのか?」

「うん、まあ……」

「じゃあ、今日の体育はばっちりだな? また俺と勝負を」

「体育館でバレーボールなのに、どうやって走るっていうんだよ? お断りだ」

「どうして、キヨ君? いい機会だから、井上君をコテンパンにやっつけちゃいなよ」

「うわ。瀬尾さん、辛らつだな~」


 まだ僕を陸上部に入れようと画策しているらしく、井上君はあきらめる様子を見せない。そんな井上君を僕のライバルだと勝手に認めている瀬尾さんが煽れば、さらにヒートアップさせてしまうと何で分かってくれないのか……。


 こんな僕達を、クラスの皆はずいぶんと冷ややかな目で見ている。井上君が事あるごとに目立たない僕に話しかけていたのは前々からだけど、変わり者の転校生まで僕に懐くように接してくるのはよっぽど滑稽に見えるのだろう。


 だが、今日はそんないつもとまるで違った。三人目がゆっくりとした足取りで僕の席に近付いていくのを見た途端、クラスの空気ががらりと変わったというか、驚愕で一気にざわついた。


「……泉坂」


 僕を呼ぶその声に、瀬尾さんと井上君のおしゃべりがぴたりと止まる。そして、僕達が全く同じタイミングで声のした方へと振り返ってみれば、そこに一人で立っていたのは上代さんだった。


 珍しい事もあるもんだ、と僕は思った。いつもだったら、グループの女子達と授業が始まるまでひたすらおしゃべりに夢中になっているというのに、彼女達を教室の隅に置き去りにし、一人だけでこっちに来たのだから。


「お、おはよう。上代さん……」

「……」


 上代さんは拙い僕の挨拶に応える事なく、自分の足下に視線を落としたまま、もごもごと唇だけを動かしていた。何か言いたげとしか見えないその様子に、僕は上代さんがしゃべってくれるまで待つつもりだったが、一人目と二人目はそんな空気が全く読めなかったのか、次々に声をかけた。

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