第59話

結局、瀬尾さんが落ち着きを取り戻したのは、四時間目終了のチャイムが鳴った頃の事だった。


 世話になった遠藤先生にお礼の言葉を言った後、僕達二人が揃って保健室から出れば、あたりはもうすっかり昼休みモードに突入していて、どこもかしもがわいわいと賑わい始めていた。


「どうする? 中庭で昼飯食べる?」


 そうするなら一度教室に戻って、弁当箱を取りに行かないと。そう考えながら隣に立つ瀬尾さんを見ると、彼女は緩く首を横に振った。


「ううん。先に上代さんに謝らなきゃ」

「食べる物しっかり食べとかないと、またさっきみたいに失敗するぞ? それとも、また持ってきてないとか?」

「それはないよ。今日はおばあちゃんにお弁当作ってもらったから」

「へえ……」


 おばあちゃんと一緒に暮らしているのか。そんな事を思いながら、瀬尾さんと並ぶように廊下を進む。すると少し歩いた先の前方から、「お~い、泉坂!」とこっちに早足で向かってくる井上君の姿が見えてきた。


「いたいた! 二人とも大丈夫だったか?」

「僕より、瀬尾さんの事だけ聞きなよ」


 僕は別に怪我も何もないんだからと締めれば、井上君はものすごい勢いで瀬尾さんに顔を向ける。そして大げさなくらいに上半身を折り曲げながら「本当にごめん、瀬尾さん!」と大声で謝ってきた。


「瀬尾さんは転校してきたばかりだってのに、こんな目に遭わせて……上代が暴れる前に止めに入れなくて、本当にごめんな!」

「う、ううん! キヨ君にも言われたけど、あれは上代さんが嫌だと思う事をしちゃった私が悪いんだよ。保育園の時にちゃんと習ってたのに……」


 そう言って、僕の方をちらりと見てくる瀬尾さん。……ん? もしかして、「自分がされて嫌な事は、他の人にもしちゃいけないって小学生の時に習わなかったのか?」という僕の言葉を気にしてる? いや、でもだからって、保育園の時に習っただなんて今ここで答える必要あるか!?


 全く、つくづくマイペースな子だなと呆れる僕。その視界の真ん中で、井上君がズボンのポケットから何かを取り出し、それを瀬尾さんに渡そうとしているのが見えた。


「これ、瀬尾さんのスマホだろ? 電源落ちちゃってるけど、大丈夫かな……」

「井上君、拾ってくれてたの? ありがとう、大丈夫だよ」


 ちょっとだけ機種が古いから、最近はよく電源が落ちたりするの……なんて言いながら、瀬尾さんは井上君から渡されたスマホを受け取り、起動ボタンをゆっくりと押す。するとスマホは鈍い音を立てて再起動し始め、ゆっくりと己の機能を立ち上げていった。


 さっき、上代さんに見せていたと思われるものは、再起動と共にキャンセルにでもなったのか、そのスマホの液晶画面には待ち受け画面に使っている写真のものしか映っていない。まあ、その写真も転校初日に着けていたのと同じしっぽのどアップだったけど……。

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