第58話

「な、何だよ、それ……」


 そう言った僕の声は、思っていた以上にか細くて頼りないものだった。


 確かにあの時はイラついたあまりそうは言ったけど、それを真に受けて筆談で会話するって……そんなのはあまりにも子供じみてやしないか? 絶交を言い渡された小学生じゃないんだから、何もそこまで拗ねる必要はないだろ。


 僕だって小学生じゃないんだから、少し時間を置いてくれた後でまた普通に話しかけてくれれば、それなりに応えるよ。応援団長こそ遠慮するけど、そんなにしっぽ自慢がしたいんなら耳を貸すくらいはするし、また一緒にお昼を食べたいって誘ってくれれば付き合ってもいい。とにかく、昔の事を掘り返さないでいてくれれば……。


 そう言いたかったのに、次に瀬尾さんが出してきたメモ用紙を見たら、そんな陳腐な言葉なんて喉の奥へと引っ込んでしまった。


『上代さんを怒らせるつもりなんてなかった。本当に、この間の歌に感動したから、皆にもその事を知ってほしかっただけ。』

「……」

『上代さんの事、傷付けちゃった。謝りたい。』

「瀬尾さ……」


 見れば、瀬尾さんの唇は真一文字にぎゅうっと噛み締められていた。「うう、うぅ……」と必死に声を抑え、泣くのを我慢しているようにも見える。いつの間にか彼女の右手からは力も抜けていて、持っていた氷嚢がべちゃりと音を立てて床に転がっていた。


 僕が「話しかけるな」って言ったから、僕と二人だけになっているこの場では声を出さないようにとでも考えているんだろう。バカだな、瀬尾さんは。本当にバカ正直な子だ。


「……ついていってあげるよ」


 少しの間を空けてから、僕は瀬尾さんに言った。


「そんなに悪かったって思ってるなら、上代さんの所まで一緒についていくよ。だから……」

「……?」

「だから、もうだんまりしなくていいよ。普通に話そう」

「え……」

「僕も、さっきはごめん。ちょっと気に障る事を言われたからって、あれはさすがに言い過ぎだった」


 瀬尾さんの性格が保育園時代からちっとも変わっていなかった事なんて、ここ数日でもう分かり切ってた事じゃないか。よく考えてみれば、それ自体は僕達家族の問題とは何も関わりがない事であり、あの発言はただの八つ当たりだったと今ならよく分かる。それだけは反省しなくては、と思った。


「キヨ君、ありがとう……」


 ぼそりとそう言った瀬尾さんの方に向き直ると、彼女は僕に向かって小さく頭を下げていた。その全身は細かく震えていて、もしかして泣いているのかと思ってしまった僕は、瀬尾さんが落ち着くまでそのまま待つ事にした。

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