第55話

「瀬尾。あんた、いい加減にしなさいよ?」

「サナ、こんなに嫌がってるでしょ!?」

「人の嫌がる事を平気で押し付けようとするなんて、どんだけ性格悪いのよ。あんた、マジで最悪……!」


 一人は心底軽蔑するような目を向けているし、もう一人は全身でドン引きしている。最後の一人に至っては、まるで親の仇でも見るかのような怒りに満ちた顔で瀬尾さんを見ている。偶然にも席が近かった事もあってか、彼女達は自然な動きで突っ立ったままの上代さんの周りに集まり、必死に守ろうと両手を横に広げていた。


「……嫌がってる? 上代さんが? どうして?」


 しかし、瀬尾さんは彼女達がどうしてそんなに必死になって上代さんを守ろうとするのか、本当に分かっていないふうにまた首を傾げた。そしてゆっくりと立ち上がると、机の上に置いてあった自分のスマホを手に持って、上代さん達の元へと近付いていった。


 まさか近付いてくるとは思ってもいなかったのか、女子達は一瞬怯んだ様子を見せたが、数人で友達を守っているという強みが出たのか、「ちょっ……何こっちに来てんのよ⁉」「席に戻んなさいよ!」と子犬のようにキャンキャンと騒ぎだす。それがどこか異様な圧を醸し出してしまっていて、井上君はおろか、他のクラスメイトの誰も、新谷先生すらも止める事ができなかった。そして、当然の事ながら、この僕も……。


「本当なんだよ? 上代さんは私の歓迎会の為に歌ってくれた。本当に素敵だったから、今度はクラスの為に歌ってほしいなって思ったの」


 瀬尾さんは上代さん達のすぐ目の前までやってくると、手の中のスマホに視線を落として何やら操作をし始めた。時間にして、ほんの数秒程度だ。その間に何かしらの読み込みを終わらせたらしく、ぱあっと明るい表情になると、瀬尾さんはそのまま上代さんに向かって顔を上げた。


 そして。


「これ、上代さんでしょ? 昨日の夜にね、偶然見つけたんだけど……」


 そう言いながら、スマホの液晶画面を上代さんの顔の前にずいっと突き出す瀬尾さん。その瞬間、上代さんは限界までに大きく両目を見開き、ひゅうっと音が鳴るほどに息を飲んだ。そして、次の瞬間。


「……っ、やめてよ! このバカ女!!」


 パシィィン!!


 まるで空気を一気に引き裂いたかのような鋭くて甲高い何かの音が、音楽室いっぱいに響き渡る。それから一秒経つか経たないかの間に、瀬尾さんの手からスマホが床へと落ちていった。


 その衝撃のせいだろうか。つられてそっちを見てしまった僕の視界の中にあるスマホの液晶画面はとっくに真っ黒になってしまっていて、もう何も映していなかった。


「どんだけ人の神経を逆撫でしたら気が済むのよ、あんた……!」


 小さな、震える声でそう言った上代さんの両目には、うっすらと涙の膜が張っている。だが、彼女に右頬を思い切り引っぱたかれて顔が横を向いたままの瀬尾さんには、その様を見る事などできるはずもなかった。

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