第53話
いつも通り、すっかり耳に馴染んでしまった校歌の一番を歌わされてから、今日はロマン派音楽についての授業が展開されると思っていた。なのに、音楽担当の
それが『学年別歌唱発表会』という文字であると分かった瞬間、「え~⁉」というたくさんの不満の声がシンクロするように音楽室の中を響き渡る。しかし、さすがは教師歴三十年越えだと噂を持つベテランの新谷先生というべきか、その反応は想定内ですとばかりにパンパンと両の手のひらを打ち鳴らしながら「はい、文句言いません!」と言ってのけた。
「中間テストが終わったら、すぐに発表会に向けての練習を始めますからね。皆さん、頑張りましょう!」
発破をかけるように新谷先生は言ってくるが、不満の声がやんだ音楽室は今度はしんと静まり返ってしまった。
うちの高校が各クラスの団結を図る為に毎年必ず行われている行事の一つではあるものの、ポップミュージックや洋楽のようにリズミカルで心が躍るような課題曲を設けてはくれないし、あくまで学校内での催しに過ぎないのだから、仮にこれで金賞を獲ったところで成績や内申点にさほどの影響もなければ、どこか大きなコンクールに出られる訳でもない。だから、皆のやる気が上がらないのも頷けるというものだ。
僕だってそのうちの一人である以上、「どうしたんだよ、皆~?」といぶかしむ声を出す井上君が全く分からない。別にこんなもの、適当にやり過ごせばいいじゃないか。大きすぎず、小さすぎない声で、ある程度音も外さないくらいに適当に歌ってしまえば……。
そんな僕の思考回路を読んでいたかのように、新谷先生がもう一度手のひらを打ち鳴らした。
「今回の発表会では、リードボーカル制度があります。クラスのうちの誰か一人が代表として、ソロを歌ってもらうパートがあるんです」
また一気に、「え~⁉」という不満の声があがる。何でこいつらはこんな時だけ同調するんだと、僕は呆れ返った。
でもまあ、分からなくもないか。ソロパート、文字通り大勢の前で一人で歌うのなんて、よっぽどの自信と度胸がなければできない。そんなの、例え一億円支払うからやってくれと頼まれたってお断りだ。そんな恥ずかしい事、絶対にやりたくない。
「立候補か推薦で決めたいと思うんだけど……誰かいませんか? 我こそはと思う人、もしくはやってほしいなって思う人がいれば手を挙げて下さい」
そう言って、新谷先生が席に座っている僕達をゆっくりと見渡す。誰も手なんか挙げるはずないだろう、そう思っていた僕だったが……。
「はい、先生!」
音楽室の席順は、教室のそれと全く同じだ。だから、教室に新しく設けられた席と全く同じ場所にいる瀬尾さんがビシッと勢いよく右手を挙げた瞬間、僕も井上君も、そして皆の視線が一気にそちらへと向けられた。
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