第51話
「ちょっ……やめろよ、瀬尾さん」
僕は瀬尾さんのしっぽから目を逸らし、椅子ごと少し距離を取る。でも、瀬尾さんは僕が何故そんな行動に出るのか全く分かってないらしく、とても不思議そうな声で「どうしたの?」と言ってきた。
「さすがに姿見の鏡なしじゃ、バランスとかよく見えないから、キヨ君に見てもらいたいんだけど」
「べ、別にそんな事しなくたっていいだろ」
「何で?」
「何でって……」
本当に分かってないのか、今の状況。ほら、周りよく見ろよ。また皆が笑い出してる。どうして君は、そうやってわざわざ自分から燃料を投下するような真似をするんだ。どうして、普通でいようって思わないんだ……。
僕が心底困り果てていた、その時だった。
「じゃあ、俺が見ようか?」
ふいにそんな声が聞こえてきたのでそっちに視線を向ければ、そこにはクラスメイト達はと明らかに質の違う、屈託のない笑顔を見せる井上君の姿があった。
「井上君……」
「泉坂は恥ずかしいみたいだよ、瀬尾さん。見るだけでいいなら、俺が代わるから」
そこには嫌らしさとかそんな類なものは一切なく、本当に僕や瀬尾さんに対する親切心からそう言ってくれているって事が分かる。そこが井上君の最もいいところだと思う反面、僕にとって最も苦手な部分だなと再認識してしまう。
そして、僕はそんな部分をおくびにも出していなかったはずだ。そもそも自分の事も他人の事ももうどうだってよかったから、そういったものを隠すのは割と得意だと思っていた。
それなのに、瀬尾さんときたら。
「ううん、いい」
まるで小さな子供がわがままを言うかのように、ぶんぶんと首を横に振った。
「キヨ君に見てもらうから、いい」
「え、でも泉坂は」
まさか無下もなくきっぱりと断られるだなんて思いもしなかったんだろう。まるで鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする井上君だったが、その後に続いた瀬尾さんの言葉を聞いた僕は、きっと彼と全く同じ顔になっていた事だろう。
「キヨ君は、私の夢の応援団長だもん。だから、私のしっぽに関する事だけは全部キヨ君にお願いしたいの。それに……」
「それに?」
「井上君は、キヨ君のライバルだから絶対にダメ! 私だってキヨ君の夢の応援団長なんだから、そのライバルにやたらとお願いするような事しない!」
だからごめん! と、井上君に向かって深々と頭を下げる瀬尾さん。それにつられて、ぺちゃんこになっていたスカートのしっぽも本物みたいに揺れた。
そんな瀬尾さんを見て、呆気に取られていた井上君。いくら苦手な人種に該当するとはいえ、さすがにこれは気の毒だ。瀬尾さんの代わりに謝ろうと、僕は椅子から立ち上がろうとした。すると。
「ははっ……あははは!」
ぷすっと鼻から小さな息を漏らした後、井上君は突然大きな声で笑い出した。とても明るく、見ているこっちまで小気味よくなるような笑い方だった。
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