第50話

結論から言うと、瀬尾さんはこの日もしっぽを外すなんて事は一切しなかった。


 しっぽを外せと言った僕の後ろについて堂々と教室に入ってきたものだから、ホームルームにやってきた木場先生の顔は朝の爽やかな時間に全く似つかわしくないくらい、ぴくぴくと引きつっていた。


「瀬尾さん? 昨日も言ったと思うけど……」

「今日はキツネのしっぽです、先生」


 木場先生の言葉を遮って自慢げにそう言った瀬尾さんを、クラスの皆が大笑いしていた。笑っていなかったのは僕と上代さんと、後は井上君くらいで、この瞬間、うちのクラスの瀬尾さんの立ち位置は決まってしまった。それを必死で防ごうとしたのか、井上君は「おい、お前ら。笑うのやめろよ!」と言っていたけれど、僕には分かっていた。もう、止められっこないって事を。


 ホームルームの時間が過ぎ、一時間目の授業が始まるほんのわずかな空き時間の中でも、教室の中で瀬尾さんに対してくすくすといった笑い声がやむ事はなかった。普通、ここまで笑い者にされてしまえば、大抵の奴は耐え切れなくて逃げ出すか、二度と笑われないように周りに同調して己を抑え込むかするものだろう。でも、瀬尾さんはそのどちらも選ばず、決してしっぽを外さなかった。


 それどころか、全く気にする素振りさえ見せない。クラスメイト達のにやりと歪む醜い笑みも見えているはずだし、バカにしきった笑い声だってその耳にしっかり届いているはずなのに、まるで何もかもが通じていないかのように……いや、何て事ないと言わんばかりに平然としていた。二時間目が終わった休み時間の時なんか、わざわざ僕の席までやってきて「キヨ君、見て見て」と明るく話しかけてきたくらいだ。でも。


「ちょっと座ってただけで、こんなになっちゃった。まだまだ改良の余地ありかなあ?」

「え……」

「ほら、せっかくのふわふわな触り心地が台無しなの」


 そう言うと、瀬尾さんは僕にくるりと背中を向けてきて、スカートにくっついているキツネ風のしっぽを見せてくる。確かに朝見た時より、何となく柔らかさが減っているというか、萎れてしまった草花のようにぺしゃりとうなだれていている感じだ。


「……もしかしてそのしっぽ、腰の下敷きにしてたんじゃないか?」


 思い付くままにそう言ってやると、瀬尾さんは「あっ……」と短い声を出した後、しまったとばかりに両目をぎゅうっと閉じた。


「言われてみれば、さっきの英語の時間に指された後、そのまま慌てて座っちゃった」

「ずいぶん下手くそに読んでたもんな」

「だって、英語苦手なんだもん。ああ、もっと気を付けて座ればよかった」

「ぺちゃんこだな。もう外せば?」

「絶対ヤダ。まだ全然大丈夫だもん、疑うなら触る?」


 はい、と何のためらいもなく、さらにしっぽを突き出してくる瀬尾さん。僕はうっと息が詰まりそうになった。だって、そうだろ。いくら何でも、その体勢は……!

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