第49話
「あっははは! 嘘でしょ、こいつ~……」
「天然なのか、本当のバカなのか全然分かんないんだけど~!」
「ちょっとサナ~。こんなおバカ相手にして、相当疲れたでしょ? だから今日はテンション低いんじゃね?」
自分の仲間が腹を抱えて大笑いしているっていうのに、上代さんはそれに乗っかる事もなく、ただ無表情でキツネのしっぽのチェックに忙しそうにしている瀬尾さんをじっと見据えている。だが、それもほんの十数秒程度のもので、やがて上代さんははあっと大きなため息をついた後、瀬尾さんの横をするりと通り抜けようとした。
その間も、女子達はまだ瀬尾さんをバカにするように笑っていた。このままだと教室に入っても笑い続けていそうだし、何なら朝のホームルームでクラスの皆にある事ない事吹聴するかもしれない……。
そう考えたら、もっとおもしろくない気分になった。元々、昨日の晩から父さんのせいでこっちは不機嫌なままなんだ。そんな気分でも学校を休まずに来たっていうのに、それを台無しにされたような気にもなった。
「なあ、ちょっと……!」
さすがに笑い過ぎだろ、と言ってやりたかった。それなのに、僕の気分なんて知る由もない瀬尾さんが校門をくぐり抜けようとしていた上代さんに向かって、「この間の上代さん、すっごく素敵だったよ!」と突然言ったのだ。
「あんなにカッコよく歌を歌う人、私初めて見た! 本物のプロみたいって思っちゃった! よかったら、またあのおじさんのお店に行こうね!」
「……バッ……!」
バカとでも言いたかったんだろうか、とてもうまく言えなかったんだろう。言葉を詰まらせながら、上代さんが勢いよく瀬尾さんを振り返ろうとするが、その際に僕としっかり目が合ってしまって、一気に顔が真っ赤になった。怒っているのか、恥ずかしがっているのかは分からなかったけど。
ただ、僕や瀬尾さんよりも、ずっと上代さんの事を知っているであろう女子達は「こいつ、いったい何言ってんの?」とでも言いたげな呆れ返った目を向けてきたのは心外だった。
「ちょっと変人転校生、あんた何言ってんの?」
さっきの女子が、また言った。
「あいにくサナは、歌なんか歌わないんだけど」
「え? でも上代さん、ものすごくカッコいい歌を」
「音楽の授業だってかったるく受けてるし、あたし達とだって行かないくらいカラオケ嫌いのサナが、あんたみたいな変人の為に歌う訳ないじゃん。本当、バカなんじゃないの?」
もう行こうと、女子達が上代さんの肩や背中を押すようにして先に進む。その時、上代さんがこっちをちらりと見てきたような気がしたけど、他の生徒達の波に飲まれてすぐに見えなくなった。
「キヨ君。上代さん、この間歌ってたよね……?」
瀬尾さんが僕の元に戻ってきて、確認するように尋ねてくる。僕はそれには答えず「……ああいうのにも目を付けられるから、やっぱりしっぽは外した方がいいよ」とだけ言っておいた。
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