第46話
翌朝、いつも通りの時間に目を覚ます事ができた僕は、そのいつも通りの自分にずいぶんと嫌な気分になった。
あんな自分勝手な父親の姿を改めて目の当たりにしたのだから、今日くらいは具合が悪くなって熱が出たりとかしてくれたっていいじゃないか。それか、部屋を出たくないと思うほど億劫な気分のせいで起き上がる事すらままならないとか。
でも、そう都合よく僕の体は不調を訴える事はなく、元気そのものだ。それにこのまま家にいたところで、万一この部屋に父さんが乗り込んで来られても困る。結局僕はのろのろと起き上がる他なかった。
パジャマから部屋着に着替え終えた後、そうっと音を立てないようにして部屋のドアを開けた。すると、別に僕がそんな真似をしなくたって家じゅうの空気はしんと静まり返っていて、人の気配を全く感じられなかった。どういう事だろうと思いながら階段を降りていくと、その先の廊下でばったりと母さんに出くわした。
「え……」
「あ、清人。おはよう」
「お、おはよう……」
ついさっき帰ってきたばかりなのか。母さんの手には少し小さめで古ぼけたボストンバックがあった。よく見れば、目元が少し腫れて充血さえしている。やっぱり、泣いていたんだと思った。
「ごめん、昨日は一緒にいられなくて……」
こんな事になるなら、瀬尾さんの歓迎会に出るべきじゃなかったと悔やんだが、母さんはううんと首を小さく横に振った。
「お母さんこそごめんね、LINEに返事できなくて。さすがにあれには動揺して、思わず飛び出しちゃったから」
「母さんが謝る事なんてないよ。あれは、父さんが全面的に悪い」
「おばあちゃんも同じ事言ってた。今度は草刈り鎌を持ち出そうとしたから、お母さん必死になって止めたわよ」
冗談ではないだろう事は、前回の経験でよく分かっていた。僕はこの場に父さんがいない事を賢明な判断だなと呆れ返った。
ちらりと玄関の土間を見てみれば、父さんの靴とあの運動靴が消えていた。母さんのローヒールだけが寂しそうにそこにある。
僕の視線に気が付いた母さんが、「二人なら、もういないわよ」と言ってくれた。
「ついさっき、タクシーで行ったわ。あの人、清人に悪い事をしたってしょげてたけど」
「僕にじゃなくて、母さんにだろ」
どこまでも都合のいい事を言わないでほしいという怒りと、鉢合わせしなくて本当によかったという安堵が、起き抜けの僕の胸の中で複雑にぐるぐると混ざり合う。そんな僕に、母さんは全くいつも通りに「すぐに朝ごはん、用意するからね」と赤いままの目を向けながら言った。
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