第42話
「上代さんも歌おう?」
二本あったマイクのうちの一本を手に取った瀬尾さんが、そのまま上代さんの元へと素早く近付く。また彼女のスカートのしっぽが揺れて、鈴がチリンと鳴った。
はい、と受け取ってくれるだろう事を全く疑いもしない明るい笑顔で、瀬尾さんが上代さんにマイクを差し出す。まあ、当然というべきか、上代さんは眉をしかめて「はぁ?」と低い声を出した。
「あんた達で好きにしたらとも言ったじゃん。また瀬尾が歌えばいいでしょ?」
「私、さっき歌ったし」
「変な童謡ばっかでうんざりしてるから、次は普通の歌えば? あんた、どんだけしっぽ好きなのよ……」
呆れ返ったふうに上代さんがわざとらしくため息をつくと、さすがにそれには同意するのか井上君も困ったような苦笑いを浮かべる。二人の気持ちは分からないでもないなと、僕も思った。
上代さんが言うように、確かに瀬尾さんも何曲か歌った。でも、彼女が選ぶのはどれもこれも小さな子供が好みそうな童謡っぽいものばかりで、しかも必ずと言っていいほどその歌詞にはしっぽというフレーズが入っている。いや、むしろしっぽがテーマになっている曲すらあった。
普通、何かしらの罰ゲームでもない限り、高校生にもなってそんな歌を選ぶ訳がない。なのに、瀬尾さんは恥ずかしがるどころか心底楽しそうに歌っていた。まあ、しょっちゅう音を外していたから、採点はかなり厳しいものになってしまったけど……。
「……大切だよ?」
少しの間を空けた後で、瀬尾さんはまたマイクを上代さんに差し出しながら言った。
「私にとって、しっぽはものすごく大切なものだよ。だからどれだけ好きなのって聞かれても、ちょっと困るかな。それ以上でもそれ以下でもないから、うまく答えられない」
「は? 何それ、意味分かんない……」
「ほら、上代さんも歌おう? ね?」
はい、とやや強引にマイクを押し付けてしまうと、瀬尾さんは今度はタンバリンを持ったままの僕の隣にやってきて、そのまますとんと座ってきた。そして、えへへっと子供っぽく笑うと、テーブルの上に置きっぱなしにされていたリモコンを指差しながら「キヨ君」と話しかけてきた。
「後で一緒に歌おうよ」
「えっ⁉ いや、僕はいいよ。下手くそだから……」
「昔、『おんまはみんな』一緒に歌ったじゃない? 二番だけでいいから、一緒に歌おう?」
「一緒にって……」
当然ながら、そんな記憶は僕の頭の中に残っていない。何だよ、『おんまはみんな』って。そんなの知らないよ。
そう言ってやりたかったのに、僕の視界の端で上代さんがゆっくりとステージに上がっていくのが見えて、正直ほっとした。これで瀬尾さんの会話から逃げられる、そんな軽い気持ちでステージの上の上代さんを見つめていたら……。
「一曲だけだからね」
そう言って、上代さんが歌い始めたのは超高速で有名なボカロだった。
およそ人間に歌わせる気などこれっぽっちもないような難解なメロディーと歌詞を、上代さんは何の苦もなく正確に歌いこなしていく。その様は、これまで井上君が歌ってきたそれぞれがひどく簡単そうに、瀬尾さんが歌ってきた童謡などより幼稚に思わせるものだった。しかも。
『只今の歌の総合評価は……100点です』
都市伝説としか思っていなかった100点満点がモニターに映し出されたのと同時に、フライドポテトの詰め合わせを持ってきてくれたおじさんが部屋に入ってきた。その瞬間、上代さんはバツが悪そうに顔をしかめたが、おじさんはまたにかっと笑いながら「……鈍ってはいないようだな、サナ」と嬉しそうに言うのが聞こえた。
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