第41話

「……よし、次は米津玄師行こうか! 俺、結構得意なんだよ~!」

「そうなの? じゃあ井上君、『KICK BACK』歌える?」

「超余裕!」


 一時間後。ステージの上は完全に井上君の独壇場となっていた。


 いや、最初こそ行儀よくソファに座って、「何から歌う?」とか「今日の主役は瀬尾さんなんだから、どんどん歌っていいんだよ?」なんて言っていた井上君だったが、やっぱり遊ぶという事にも相当慣れているんだろう。順番を譲った瀬尾さんに対して遠慮がちだったはずなのに、いざマイクを握りしめた途端、人が変わったみたいに次から次へと難しい曲ばかりを歌い出した。


 音楽番組なんて一瞬も観ない僕だけど、井上君が選ぶのは日本人なら誰しもが一度は耳にする有名な曲ばかりで、しかも抜群にうまい。一度だって音は外さないし、瀬尾さんが戯れに設定した採点モードの評価はどれもこれも90点を下回る事はなかった。ほら、今だって……。


『只今の歌の総合評価は……92点です』


 僕の下手くそなタンバリンの合いの手なんか全く気にしない様子で最後まで『KICK BACK』とやらを歌い切った井上君は、ひどく満足げな表情でその評価を映し出しているモニターを見つめる。瀬尾さんが楽しそうに、また大げさな拍手をした。


「すごいね、井上君! まるで本人みたい!」

「いやいや、それはさすがに失礼だって。ちょっと得意なだけだよ」


 照れ臭そうに後ろ手で頭を掻く井上君の頬には、まるで陸上部の練習後と変わらないほどの汗粒がいくつも浮かんでいる。一人でずっと歌い続けていたんだから、そろそろ疲れてきただろうし喉も乾いたんだろう。少しだけ、声がかれていた。


「うん、ちょっと休憩~」


 ゆっくりとステージから降りてきた井上君が、先ほどおじさんが持ってきてくれた注文のコーラをごくごくと飲む。それに合わせるように瀬尾さんも注文したチョコレートパフェの続きを食べる。「俺の手作りパフェ、しっかり味わってくれよ~」と言いながらにかっと笑ったおじさんの顔はちょっと忘れられそうになかった。


「おじさんの作ってくれたパフェ、見た目もきれいでおいしいね!」


 瀬尾さんがスプーンを口に運びつつ、ずっとスマホをいじり続けている上代さんに声をかける。それに上代さんはちらりと視線を上げてきたけど、すぐにまた元の位置に戻して「ああ……」と声を出した。


「昔から手先も口先も器用だったからね。あれで人よりずっと悪知恵も悪運もあったら、今頃警察のお世話になってたんじゃない?」

「ちょっ……それはさすがに冗談きついんじゃ」

「冗談じゃないし、割とマジでそう思ってる。さっきも言ったでしょ? おじいちゃんからだまし取ったお金で、この部屋改装したって」


 本当に、大した事はないと言わんばかりにさらっと言ってのける上代さんのそんな言葉が、空調をいじった訳でもないのに広い五番の部屋をがらりと変わる。あと数秒そのままだったら、歓迎会のムードなど跡形もなく消えてなくなっていただろう。それを止めたのは、その歓迎会の主役本人だった。

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