第40話

廊下の一番奥に見える、『⑤』とだけ記された橙色の扉。そこを上代さんが右手だけで押し開けると、寂れたビルの外観や三階フロアとは打って変わって、ずいぶんと豪華な内装模様が僕達の視界に飛び込んできた。


 十人以上は余裕で入りそうなほどの広さを持つその部屋の天井には、さすがに本物の材質ではないだろうけど、ぎらぎらとまぶしいシャンデリア型のライトが飾られていて、真新しくて派手なアートを散りばめた壁紙をこれでもかといった具合に照らしていた。かなり大きめのソファが三つもあるし、その真後ろには歌って踊るには充分すぎる高さのステージまである。カラオケなんて片手で数えるくらいしかやった事ないけど、そんな僕でも分かるくらいモニターの大きさだって半端ないものだった。


「……おいおい。この機種、先月出たばかりの最新型じゃないか?」


 僕なんかと違って、遊び方もそれなりに充実しているんだろう。井上君がカラオケのタッチパネル式リモコンを見た瞬間に感嘆の息を漏らしながら、そんな事を言う。「え? そうなの?」と瀬尾さんが続けてリモコンを覗き込むようにする中、上代さんは別にそんな事などなんでもないといった感じに答えた。


「おじさんが、うちのおじいちゃんからだまし取ったお金でムダ遣いしただけの事よ。いい迷惑でしかないのに」

「いい迷惑?」

「……」


 僕の反芻した言葉には答えず、上代さんは持っていた学生鞄を無造作にソファへと投げ出し、そのままどかりと腰を下ろした。


「……あの人、ちゃらんぽらんだけど時間にはうるさいのよ。夜の十時には帰れって言ってくるだろうから、それまで好きに過ごしたら? 何か食べたくなったら、そこにメニュー表あるし」


 まあ、ほとんど業務用の冷食だけど。そう締めくくると、上代さんはスマホを取り出して僕達から視線を外した。


 上代さんの言うように、リモコンの横には簡素な造りのフードメニュー表があり、ひと通りのものは揃っているようだった。瀬尾さんが「じゃあ、このパフェとかはどうしてるの?」なんてのんきに質問してたけど、上代さんはそれにも答える事なく、忙しそうにスマホの上に指を滑らせていた。


 木場先生に言われただけだし、場所のセッティングにも協力したんだから、これ以上歓迎会とやらに参加するつもりはない。


 上代さんの本音が透けて見えるような気もしたが、僕自身も決して善意でこの場にいる訳ではないから咎める事なんてできない。せめて盛り上げ役くらいはやって、瀬尾さんや井上君に気付かれないようにしようと考えながら、僕は備え付けのタンバリンを手に取った。

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