第38話
今度は先導するように先に立った上代さんに連れていかれたのは、学校から二駅離れたアーケード街の一角にある少し寂れたビルだった。
僕は、ここに来るのは初めてだった。アーケードの中のそこかしこに見える建物はずいぶんと古い物が多く、テナントが一軒も入っていない空っぽのビルもある。だが、居酒屋やスナックの看板が多く並んでいるところを見るに、たぶん日が落ちてから本来の姿を見せるんだろう。
今はまださほどうるさくなくて、通り過ぎたゲーセンの店内BGMくらいしか音というものが耳元に入ってこない。そんな中、上代さんはずいぶんと慣れた足取りで目指しているビルの入り口前まで僕達を連れてきた。
「ここの三階に、行きつけのカラオケ店があるの。といっても、私のおじさんが道楽でやってる店だけどね」
僕達を振り返る事もなくそう言うと、上代さんはさっさとビルの入り口ドアをくぐって、目の前にある階段を昇っていく。階段の手前にはそれぞれの階数に居を構える店舗の案内板が壁にかかっていたが、やっぱりというべきか、彼女が案内しようとしている店以外の名前などそれには一切記されていなかった。
エレベーターも設置されていない狭いビルの階段を昇っていき、三階を目指す。上代さん、井上君、瀬尾さん、僕といった順番で階段を昇っていったから、嫌でも僕の視界の真ん中には瀬尾さんのしっぽが留まった。
瀬尾さんが階段に足をかける度に、しっぽは忙しなく先端の鈴を鳴らす。チリンチリンという音と、まるで本物のように揺れ動くしっぽの様子に少し困っていると、そんな空気が伝わってしまったのか、ふいに瀬尾さんがくるりと振り返ってきた。
しまった、じろじろと見すぎたかと、僕は慌てて瀬尾さんから視線を外す。すると、くすっと短い笑い声が聞こえた後で、瀬尾さんが「ねえ、キヨ君」と呼びかけてきた。
「どう? しっぽ似合ってるかな? キヨ君って、やっぱりこういう感じのしっぽの方が好き?」
「……え?」
「私、いっぱいしっぽ持ってるから今度見せてあげるね。キヨ君、楽しみにしてて!」
いや、もしかしたら井上君は興味持つかもしれないけど、僕は別に頼んでないし。それに、まだ僕の事を「キヨ君」と呼んでる。やめてくれって言ったのに。
もう一回、今度はもっときっぱりと言わないと。そう思って口を開きかけたが、僕が声を出すより一瞬早く「おじさ~ん、四人分お願い!」と先に三階に到着し、フロアに向かって張り上げる上代さんの声が響いた。
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