第36話

「キヨ君、井上君。お待たせ!」


 叱られてきた事は確かだろうに、まるでこれっぽっちも気にしていませんといった感じで瀬尾さんは笑っていた。そのままの調子で教室に入ってきた瀬尾さんのスカートには、やっぱりあのしっぽが付いている。鈴もチリンと鳴っていた。


「ううん、俺達は大丈夫だけど」


 井上君が心配そうに眉を寄せて、瀬尾さんに近付く。僕は微動だにせず、二人の様子をじっと見つめていた。


 「大丈夫だったか?」と心配の言葉を続ける井上君に、瀬尾さんはこくんと頷いた。


「何度も外しなさいって言われたけど、突っぱねちゃった。だって、別に誰かに迷惑かけてる訳じゃないし、ただしっぽを付けてるだけだもん」


 ほら、と言いながら、瀬尾さんは肩越しに自分の腰元を振り返って、しっぽに手を伸ばす。そして真ん中のあたりを優しい手付きで掴むと、そのまま宙に浮かせるように少し持ち上げた。


「本物には遠く及ばないけど、見た目だけなら合格点出してもいいと思うんだ。かなり試行錯誤したから」

「え? これって、もしかして手作り!? 店で売ってた物じゃなくて?」

「小学生の頃はそういうのをお小遣いで買ってたけど、今はイチから自作してる。結構こだわってるんだよ?」


 そう言って、とても自慢げにしっぽを見せてくる瀬尾さん。井上君も既製品じゃないと分かった途端に少し興味を持ったのか、ふわふわとした毛並みに見えなくもないフェルト生地のそれをじっと見つめていた。


(あの子らしいな。本当に何も変わっていない……)


 二人のそんな様子を少し離れた場所から見ていた僕は、ふいに懐かしさを讃えながらそんな事を思ってしまっていた。その事に心底驚いてしまい、一人でみっともなく慌てる。


 おい、何だよ今の。確かに瀬尾さんは初恋の相手だったかもしれないけど、今はもうそんなんじゃないだろう。少なくとも、今の僕はあの頃とは全く違う。しっぽが欲しいと言っている瀬尾さんを、もうカッコいいだなんて思えるはずが……。


 その時だった。


「ちょっとぉ、いつまで待たせんのよ!? 企画したの、あんた達でしょ!?」


 今度は反対側の引き戸が乱暴に開かれる音がして、そこから上代さんがずいぶんいらだった声を張り上げてきた。


 もうとっくに帰ってしまったものと思っていた上代さんが突然教室に戻ってきて、そんな事を言ってくるものだから、何も知らない僕はぽかんとする以外にない。すると、井上君が「悪い悪い」と上代さんに軽く謝った後で、僕にこう言ってきた。


「今日の歓迎会、上代も参加してくれるってさ」

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