第二章

第34話

次の日の金曜、放課後。僕は帰りのロングホーム終了のチャイムが鳴ったと同時に、母さんにLINEを出した。


『ごめん。この間の出まかせ、本当になった』

『帰り、遅くなる』

『父さんと話し合いたいなら、徹底的にやってくれ』


 これだけ送ると、今日はパートが休みだったのか、少し間を置いてからずいぶんと長文の返事がやってきた。


『ありがとう、清人。でも、いいの? 出まかせになったって事は、本当はお友達がいたって事なんじゃないの? だったら無理しなくて、お母さんに合わせなくていいのよ? 清人さえよければ高校卒業まで下宿させてもらえるよう、おばあちゃんにお願いするけど』


 いや、それはないと、僕はスマホに向かってぶんぶんを首を横に振った。


 このLINEでのおばあちゃんっていうのは、いわゆる母方の祖母の事を指しているんだけど、僕はこのおばあちゃんがちょっと苦手だ。


 もちろん、悪い人間じゃないって事は分かっている。むしろ傍から見れば情も懐も深くて、一人娘である母さんの身を誰よりも心配してくれる唯一の人と言ってもいいくらいだろう。


 だからこそ「あんな出来事」が起こった当初、いつも優しい顔しかしてこなかったはずのおばあちゃんは般若のごとくぐにゃりと頬を歪ませて、腹の底から怒号をぶちまけた。「本当に申し訳ありません」と何度も土下座しながら平謝りをする父さんの言葉など全く聞き入れもせず、自給自足用の畑に使っている鍬まで持ち出して振り回したくらいだ。


 そんな姿を目の当たりにしてからというもの、僕の中でのおばあちゃん像はすっかり変わってしまった。嫌いになった訳ではないけど、決して触れてはいけない禁忌のような存在になったというか……とにかく、おばあちゃんに対する接し方がずいぶんと下手くそになった。


 おばあちゃんもあの頃とはすっかり変わってしまった僕を見て、「あの男が全部悪いんだ、清人に悪影響を及ぼした」と何度も母さんにこぼしているらしい。それに関しては僕自身も自覚というものがあるので、否定は一切できない。だからここ数年、本当に必要最低限でしかおばあちゃんに会っていなかった。


『大丈夫だよ、転校になっても』


 僕は急いで母さんに返事をした。


『おばあちゃんに迷惑かけたくないし、僕を見て嫌な思いもしてもらいたくない』

『僕は大丈夫だから』

『それじゃ、行ってくる』


 母さんからの既読が付いてしまう前に、僕はトーク画面を閉じてスマホをズボンのポケットの中にしまい込んだ。

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