第30話

「……泉坂、ちょっといいか?」


 昼休みと午後の授業が終わり、放課後のチャイムが鳴った。これから部活動に励む皆が足早に教室から出て行く中、僕もさっさと廊下に出ようとしたのだが、席から立ち上がった途端にそんな僕を呼び止める奴がいた。何かと思って振り返ってみれば、案の定、そこにいたのは井上君だった。


 陸上部もこれから練習なんだから、僕に構っている暇なんかないだろうに、井上君はひどく真面目な顔でこっちをじいっと見据えている。何だろうと思いながら次の句を待っていたら、井上君はふんっと一つ大きな息を吐いた後で「明日の放課後、空いてるか?」と聞いてきた。


「え?」

「瀬尾さんの歓迎会をしたいと思ってるんだ。本当は今日したかったんだけど、引っ越してきたばかりでバタバタしてるらしくて。でも、明日の放課後ならってOKもらってるんだ」

「……」

「昔なじみの泉坂も参加してもらえたら、瀬尾さんも緊張しなくていいと思うし。いいだろ?」


 まるで有無を言わさないとばかりに、ぐいぐいと押してくる井上君。誰に対しても面倒見のいい人気者である彼の事だから、少しでも早く瀬尾さんがうちのクラスに馴染めるようにという心遣いから来るものなんだろう。でも、僕にとってそれはあまりにもまぶしくて、荷が重かった。


「遠慮しておくよ」


 首を横に振りながら、僕は言った。


「昔なじみっていったって、瀬尾さんが言うほど僕は何も覚えてないんだ。だから、あんまり力になれない」

「え、でも……」

「だいたい、井上君は明日も部活あるんじゃないの? それなのに歓迎会って無理があるんじゃ」

「あ、明日は朝練で自主トレして、放課後の分は休む! そもそも根本先生からも最近頑張りすぎだぞって注意されてたし、明日くらい休んだって平気だ!」


 やけに必死になって誘ってくる井上君に、僕のいぶかしむ気持ちはさらに募っていく。何か企んでるんじゃないかっていう疑いすら抱き始めていた。


「なあ、頼むよ泉坂。クラス中誘ってるんだけど、なかなかいい返事をもらえなくて困ってるんだ」


 そりゃそうだよ。あんな訳の分からない自己紹介をしてくる転校生なんて、皆が皆、ひどく戸惑うに決まってるじゃないか。今日一日、露骨に避けるような事はなかったけど、とりあえず様子見しようって感じに瀬尾さんを遠巻きにしていた事くらい、僕の目でも明らかだった。


 そういった皆の態度を見て取って、井上君が歓迎会をやろうと言い出す気持ちも何となく分かる。でも、僕は井上君のそういうところが苦手なんだ。

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