第27話

至近距離でそんな僕の言葉を聞いた相田君と安西君は、かちんと体を強張らせていた。かろうじて口元がぴくぴくと動いていたから、まあ呼吸はできていると思う。


 自分でもこんなに驚いてるくらいだし、全く僕らしくない言動だったと思う。そんなものを一番間近で見せられた二人は、きっと僕の次くらいに驚いてしまっている事だろう。「え、あ……」と声にならない音を口から漏らすので精いっぱいのさまを見せていた。


 まあ、いいや。これでようやく昼食にありつけられそうだし。僕は右手に持ったままだった箸を動かし、ようやく弁当箱の方へと向けた。


 毎朝大変だろうに、母さんが作る弁当は毎回凝っていて、色とりどりだ。特に嫌いな食べ物などない僕には赤い色がまぶしいプチトマトも、新鮮な緑色が映えるブロッコリーもありがたい。


 その中でも一番おいしそうに見えるきれいな黄色の玉子焼きを最初のひと口に選ぼうとした時だった。


「……あ~! キヨ君、待って待って~!」


 チリンチリン、チリン。バタバタバタ!


 廊下と教室を挟んでいる引き戸の方から騒がしい一対の足音とあの鈴の音が聞こえてきて、卵焼きを挟もうとしていた箸を止めてしまう。続けてそっちの方へと反射的に顔を向けてみれば、ものすごい勢いで瀬尾さんが僕の机にやってきたところだった。


「よかったぁ~、ギリギリセーフ!」


 少し息を切らしつつも、瀬尾さんがにこっと笑う。彼女の腕の中には焼きそばパンとメロンパン、そして購買部の自動販売機で売られている紙パックのイチゴオレがそれぞれ一個ずつ収まっていた。


「な、何……?」


 またすぐ目の前で笑って見せる瀬尾さんに、僕はつい椅子ごとる。確かに瀬尾さんはあの初恋の女の子に間違いないだろうけど、だからといって十数年も音沙汰がなかった相手と瞬時に仲良くなれるようなスキルなんて、僕はこれっぽっちも持ち合わせていない。だから、こんなふうに声をかけられてもひたすら戸惑うだけだ。


 だというのに、それを知ってか知らずか瀬尾さんは、焼きそばパンやメロンパン、そしてイチゴオレを右腕に抱え直すと、空いた左手で僕の腕をガチッと掴んだ。そして「お昼、一緒に食べよう!」と明るく誘ってきた。


「は……?」

「さっき、えっと何ていったっけ……そうそう、井上君! 井上君が、中庭でお昼食べられるよって教えてくれたんだ。だから、一緒に行こうよ!」


 ねっ、いいでしょ? と何度もそう言いながら、期待に満ちた眼差しを向ける瀬尾さん。僕が断るかもしれないだなんて、これっぽっちも考えていないって感じだ。


 また皆の目が、僕の方へと……いや、今度はまたチリンチリンと鈴を鳴らす瀬尾さんのしっぽに集中する。フェルト生地で作られているだけのアクセサリーに過ぎないのに、瀬尾さんの体に合わせてわずかに揺れるしっぽが、何だか本物のように見えてきた。


 それに反応したのか、はっと我に返った相田君が何かしゃべろうと口を開きかける。だが、それより一瞬早く、教室に戻ってきた井上君が「相田、安西! ラスイチのデリシャスサンドが奇跡的に買えたぞ、見ろよ!」なんて子供っぽく言いながら、購買部で一番高いサンドイッチの包みを宙にかざしたのが見えた。


 まるで神様に捧げるかのような大げさな井上君のその仕草に、教室中が今度は愉快そうな笑い声でいっぱいになる。笑っていないのは僕だけだった。


 そんな僕に、瀬尾さんは僕の腕を引っ張りながら「行こう、キヨ君」と言ってくれたので、僕はせっかく開けた弁当箱の蓋を再び閉じる羽目になった。

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