第25話

この日の昼休みは、いつにも増して教室の中が騒がしかった。


 いや、これがいつもみたいに僕という存在を無視しているものばかりだったら、こっちだってここまでイライラする事はなかった。自分でも珍しいと思う、ここまで何かに心を乱されるなんて。


「……なあ、泉坂。お前、いい加減に白状しろよなぁ」

「そうそう。言っちゃえば案外楽になるぞ~?」


 いい加減にしろというのは、こっちのセリフだ。弁当箱の蓋を開けてから五分くらい経っているが、僕はまだその中身にひと口もありつけていない。クラス中の視線が僕に向いているという事もあるが、一番の原因は僕の席を囲むようにして相田君と安西君がずっと質問攻めにしてくる為だった。


 この二人の相手をするのが、瀬尾さんだったらまだ分かる。本来なら今日一日におけるこの教室の主役は、まぎれもなく転校生である瀬尾さんだ。その人となりを知ろうとクラスの皆がこぞって彼女の周りに集まっていくのが筋といったところだろう。


 だが、その人となりというものに関して、瀬尾さんは初っ端からやらかした。いきなりあんな自己紹介をすれば、大抵の奴は一瞬でドン引きするか嘲笑のネタにする。井上君の対応が例外かつ神がかっていただけで、本当なら瀬尾さんはあの瞬間からずっと笑われっぱなしだったんだ。


 そうなるはずだった瀬尾さんは今、恩人と呼んでも決して過言ではないだろうその井上君と一緒に教室を出ている。弁当を持ってきていなかったらしく、その事に気付いた井上君が「だったら購買部まで案内するよ、うちの学校は焼きそばパンがマジでうまいんだ」と昼食返上で買って出てくれた。


 そうして二人が廊下の向こうに行ってしまった途端、クラス中の視線が何故か僕へと一気に集中されたのだ。そして何の躊躇もなく、まるで皆の代表ですと言わんばかりに相田君と安西君が詰め寄ってきたのだ。


 井上君がうまいと褒め称えていた齧りかけの焼きそばパンをマイク代わりにして、相田君が「何とか言えよ、泉坂~」とはやし立ててくる。いろんな意味で食欲が失せてしまうから、とりあえずその仕草をやめてほしい。母さんがせっかく作ってくれた弁当、絶対残したくないんだ。僕は、父さんと違うんだから。


 はあ、と大きく息をついてから、僕はうつむき加減のまま「……別に、瀬尾さんとは何でもないよ」と答えた。


「正直、顔を見ても名前を聞いても思い出せなかったんだ。それって、知らないのと同じ事だろ?」

「またまた~。あんな変な趣味してる子を覚えてなかったなんて、そんな嘘は通用しねえよ?」


 安西君が心底納得してませんと、ひどく分かりやすい表情で一蹴する。そのせいで、僕は次の言い訳の句を紡げずに再び押し黙ってしまった。

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