第23話

委員長という立場である澤野君までも口元にこぶしを当てて失笑しているくらいなんだ。傍から見れば、瀬尾さんの言っている事の方がおかしくて幼稚じみているのかもしれない。


 でも、この時の僕はひどくおもしろくない気分だった。大勢の人間がたった一人を、まるで攻撃するかのように大声を出して指まで指して笑っている。歪んでいく目元に釣り上がる口元、醜く蠢く頬の動き……何もかも「あの日」の事を思い出してしまって、この場で吐いてしまいたくなった。


 それでも僕は、皆とさして何も変わらない卑怯者だ。この大きな笑い声の中を掻き分けて、何かしらの行動を起こせるような勇気を出す事ができない。昔の僕だったら、どうしただろう。心からヒーローの存在を信じていたあの頃の僕が、今ここにいたら――。


 そんなバカげた事を一瞬考えてしまった時だった。


「……皆、もういい加減にしろよ」


 パァン!


 教室中に一拍、ひどく大きな音が響いた。たった一発だったのに、それは皆の笑い声なんか軽く吹っ飛ばしてしまい、その音の後に続いた井上君の声から、彼が両の手のひらを思い切り強く鳴らしたものだとすぐに分かった。


 本来なら、そうするのは担任である木場先生の役目だ。でも木場先生は皆の笑い声にどうしていいか分からずにうろたえていただけで、僕と同じように何もしなかった。だからバツが悪そうに、皆を止めてくれた井上君の方に視線を向けながら「あ、ありがとう、井上君……」と言ってきた。


「さすがクラスの人気者ですね、助かりました」

「……」


 いつもの井上君だったら、ここは謙遜の言葉の一つや二つ口にしたんだろうけど、この時ばかりは木場先生にじろりと視線を返しただけで何故か何も言わなかった。それにまた木場先生がうろたえるように肩をすくめたのを見た後で、井上君は瀬尾さんに向かって「ごめん、瀬尾さん」と軽く頭を下げた。


「皆、つい笑っちゃったみたいだけど、このクラスにそこまで性根の悪い奴は一人もいないんだ。どうか気を悪くしないでほしい。クラスメイトとして、これからよろしくお願いします」

「……」

「瀬尾さん?」


 瀬尾さんが何も返事をしないので、今度は井上君がうろたえる番になった。彼女の沈黙を、さすがにまずいと感じたのか。クラスの皆も木場先生のようにバツが悪そうな仕草をそれぞれし始め、上代さんも構えていたスマホを投げ出すように机の上に置いた。


 だが、そんな皆の戸惑いや反応などまるで意に介さなかったばかりか、瀬尾さんはまさかの斜め上な言動に出た。しかも、それを僕に対して。

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