第19話
少しのざわつきこそあったが、数分程度でそれも収まったところで澤野君が委員長らしくびしっと左腕を挙げながら「木場先生」と発言を求めた。
「僕、何も聞いてなかったんですけど、何か議題があったんなら」
「ああ、ごめんね澤野君。来週のはずだった予定が急に早まったものだから、先生もバタバタしちゃったの」
……来週? それって、昨日上代さんの口からも聞いたような……?
薄ぼんやりとそんな事を思っていた僕の耳に、カツカツと独特で甲高い音が聞こえてきた。何だろうと思いながら前方を向いてみれば、何も記されていなかった新緑色の黒板に白いチョークで三文字の漢字――『転校生』と、木場先生の少し癖のある字で書き綴られているのが見えた。
「転校生……?」
ついそれを口の中で読んでしまったが、誰も僕の声なんか気にしない。とりわけ上代さんなんかしっかり数秒の間を空けた後で、「よっし!」と両手のこぶしをぐっと握り締めて大げさに喜んだ。
「やっぱ、その情報って間違いじゃなかったんだ。うちのクラスに転校性が来るってマジだったんじゃん、コバセン!」
「上代さん? どこでその話聞いたの?」
「どこって、職員室?」
「いつ?」
「いつって、昨日だけど」
「今、職員室はどういう場所になってるのか知らないのかな~?」
ゆっくりと、そしてにっこりと笑いながら木場先生が低い声を出す。それを聞いて、上代さんが小さい声で「やばっ……」と木場先生から目を離した。
小学校の時からそうだが、上代さんはこんな感じで止められない自分の発言からバカを見るパターンが本当に多い。小学校低学年の時はそれでよく泣いている事もあったから、「あんな出来事」が起こるまではわりと慰めてあげるという機会も多々あった。今はもう、そんな事は一切ないけど。
「上代、気を付けろよ」
木場先生が本格的に怒りだすのを察したのか、そう言葉を挟んできたのは井上君だった。
「昨日から職員室は中間テスト作成期間で立ち入り禁止だったろ?」
「……分かってるわよ」
井上君の言葉にクラス中からくすくすと漏れる笑い声。いつも一緒にいる女子達からも笑われてバツが悪いのか、上代さんはふてくされたようにぷいっとそっぽを向いてしまったが、それでも自分が得た情報に確信を持ちたいのか「それでさ、コバセン?」とさらに言葉を続けた。
「その中間テストが始まるよっていう時に運悪く転校してきたのって、やっぱり男の子だったりする?」
ずいぶんと期待に満ちた声色だったように聞こえたが、それに対する木場先生の答えはNOだった。
「いいえ、上代さんと同じ女子。おまけに出席番号順に言うと、上代さんの次になるから」
「えっ?
それを聞いて、上代さんは慌てていつも一緒にいる女子達のうちの一人を振り返る。恵と呼ばれた女子も残念そうに顔を歪めていたが、彼女の名字を覚えていない僕にはひどくどうでもいい話だ。女子の出席番号の並びも僕達男子と同じようにあいうえお順で、カ行の次はずいぶんと開いている事くらいは知っていたけど。
まだ文句が言い足りなさそうな上代さんを黙らせた後、木場先生は「さっきも言ったけど」と話を切り出した。
「本当なら中間テストが終わった来週に転校してくる予定だったんだけど、ちょっとそれが早まって今日からこのクラスの仲間になる子を紹介します。それじゃ、入ってきて?」
教室の引き戸の向こうに顔を向けながら、木場先生がそう言うと、まるで待ってましたと言わんばかりにその引き戸が勢いよく開けられる。そして、しっかりとした足取りでうちの学校の制服を身に纏った一人の女子が入ってきた。
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