第17話
「何だこれ……」
さすがに、こればっかりは全く記憶にない。何でこんな物があるんだと思いながら、ベルトを脇に置いてからその古い画用紙を破いてしまわないよう慎重に箱から取り出す。そしてくるりと裏返してみれば、そこには僕の書いた文字よりもさらに拙い出来の絵があった。
クレヨンで描かれたその絵は年月が過ぎている上に、小さくて狭苦しいプラスチックの箱の底に押し込められていたせいで、ずいぶんと色褪せてしまっている。特に名前の部分なんてすっかり擦れてしまって、全く読めない。しかし、絵の輪郭自体はまだはっきりと残っていて、僕の認識というものに狂いがなければ、それは黒くて長いしっぽを生やしている女の子の絵だった。
そう分かった瞬間、自分でそう思うのもおこがましいかもしれないが、僕の脳裏に何とも淡くかわいらしい初恋の記憶が蘇ってきた。そうだ。これはあの日、僕の隣に座っていたあの女の子が一生懸命描いていた未来の自画像だ。
保育園の担任の先生が絶句する中、「私、大きくなったら、こんなかわいいしっぽが欲しいの!」と何の疑いもなくそう言い切った彼女。僕はその子の事を心底カッコいいと思い、これでもかってくらいべた褒めしたっけ……。
しかし、彼女はあれから数日後にはぱったり保育園に来なくなった。先生に何度か尋ねてみたが、気まずそうな顔をするか適当にお茶を濁されるか……とにかくはっきりした事は何も教えてくれなかったので、そのうち幼かった僕は彼女の存在自体をすっかり忘れてしまっていた。
そんな彼女の未来の自画像が、どうして僕の壊れてしまった変身ベルトと一緒にプラスチックの宝箱の中に収まっていたんだろう。いや、待てよ。そういえば、僕の分の自画像は? どこ行ったんだ?
確かあれは一定期間保育園の壁に飾られた後、それぞれの子供達の元に戻されたはずだ。だったら本来、この宝箱の中には僕の未来の自画像だってなければならないのに、どれだけ中を覗き込んでも、僕の分は見つからなかった。
もしかしたら、他のダンボール箱の中に埋もれてしまっているのかもしれない。変にやる気が出てしまって残りの分から探し出そうと思ったが、今がもう遅い時間であるという事を失念していた僕は、ちょうど僕の自室の真下に位置している母さんの寝室に迷惑をかけているという事に気付かなかった。
少ししてから、ベッドの枕元に置いてあったスマホがLINEの着信を知らせたので確認してみれば、液晶画面に映っていた母さんのトーク欄に『何やってるの?』と淡々とした文字が浮かんでいる。僕は慌てて『ごめん、もうやめる』とだけ返すと、変身ベルトと画用紙をそっと宝箱の中に戻した。
取り出してしまったダンボール箱は明日片付けようと考えながら、今度こそベッドの中へと入る。その際、ふと父さんの分のトーク欄が目の端に留まってしまい、よせばいいものを僕の指はそこをついっと開いていた。
……ほらな、やっぱり。分かっていた事なのに、どうしてムダに期待なんかするんだろう。
父さんとのLINEトークは三ヵ月以上前のものから全く更新されていない。その最後の奴だって、僕からの『いったい、いつまで帰らないつもりだよ?』というものに対して『分からない』という五文字だけで終わっている。それっきりだ。
もう必要がないはずなのに、どうしてブロックしてしまわないんだろう。たぶん、母さんはとっくにそうしているだろうに……。
考えるのもバカらしくなって、スマホを再び枕元に放り投げると、僕は部屋の電気をすぐさま消した。
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