第16話

「ああ……」


 思わず声が漏らしながら、手に取って持ち上げてみる。それは保育園の頃、父さんにクリスマスプレゼントとして買ってもらった物で、その年に放送されていたヒーロー番組でリーダーのレッドが腰に付けていた変身ベルトの子供用おもちゃだった。


 実際、小さな子供が腰に巻けるようにちゃんとベルトの形を保っている。簡素な電池式構造で、規定のボタンを押せばレッド役の俳優の声や必殺技の効果音が出たり、番組の演出通りにベルトがきらきらと光り輝いて、リアルな変身気分を味わえるといったものだ。


「ほら、清人。これでお前も今日からレッドだぞ」


 照れ臭そうに言いながら、このベルトをプレゼントしてくれた時の父さんは、小さな子供だった僕の目から見ても本当にいい父親だったし、若くて世間知らずだった母さんの目から見ても本当にいい夫だったと思う。それなのに、そんな気持ちも思い出も、今は遠い彼方の向こうだ。まるで濃霧にかかった草原のように、あの日の形などもうはっきりと思い出せなくなっている。


 今、僕の手にあるおもちゃの変身ベルトは電池が切れている上、簡素な造りのせいでどこか配線が壊れてしまったのだろう。どのボタンを押してもうんともすんとも言わなくなっているし、当然の事ながら今の僕の体格では腰に巻く事すらできない。夢がたくさん詰まっていたはずのクリスマスプレゼントはただの燃えないゴミと化し、今の僕達家族の象徴のようにも思えた。


 確かこれは、僕が小学校に上がる年には壊れてしまったはずだ。その頃にはもうあのヒーロー番組は最終回を迎えて終了していたし、主演を務めていたレッド役の俳優もいつの間にかテレビで見かけなくなっていた。加えて「あんな出来事」まであったものだから、僕の中からヒーローに関するあらゆる興味は潰えてしまった。


 苦しくて悲しくてつらいから、どうか助けて下さいって本気で心の底からお願いしたのに、ヒーローは助けに来てくれなかった。その事に絶望したのはまだ分かるとして、どうしてあの頃の僕はこんな壊れてしまったベルトを捨てもせず、こんなプラスチック製の頼りない物を『宝箱』と称して入れていたのだろうか。それをどうしても思い出す事ができない。


 ……いや、案外お古の服や幼児グッズと同じで、あの頃の僕を不憫に思った母さんがせめてもの思い出の品として取っておいてくれたという可能性もない訳じゃない。タイミングさえあれば、今度聞いてみるのもいいかもしれない。


 そう思いながら、僕が変身ベルトを元に戻そうとプラスチックの箱に再び目を向けた時だった。ベルトの下敷きになっていてすぐに気が付かなかったが、箱の底の方に一枚の古い画用紙が貼り付くように残っているのが見えた。

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