第15話
風呂を済ませて二階の自室に戻り、そのまますぐにベッドへと寝転ぼうとしたが、ふと思い立ってクローゼットの戸を開けた。母さんが本当に引っ越しを考えているのなら、今のうちに少しでも整理しておかなければ。
開いた先に見えたダンボール箱の山に、思わず
いらない物は処分を……いや、このまま置いていけばいいか。その方が、少しはあの人に精神的ダメージというものを負わせられるかもしれない。およそ父親に向けるものとは到底思えない感情を抱きながら、僕は手前のダンボール箱から中身を確認していった。
大抵の……いや、ほとんどのダンボール箱の中身が、僕のお古の服や幼児グッズばかりだった。使わなくなったのならさっさと処分するなり、どこかリサイクルに回すか人様に譲ったりすればいいものを、保育園の頃まではかなり活発的だったという僕のお古達はすっかり使い古されてくたくたになっている。まあ、それ以前の問題として、家族の思い出というものをひどく大切にしたがる母さんの事だから、きっと手放すのを惜しんだんだろう。
その性格が災いして、今とても苦しんでいるだろうにと同情はしている。でも、だからといって、父さんの思惑に乗っかって橋渡しをしてやろうという気にはどうしてもなれない。あの頃、僕がどんなに「ケンカしないで仲良くして」と頼んでも、二人とも一度だって聞いてくれやしなかったんだから。
ダンボール箱を出してはふたを開け、中身を確認してからまた別のダンボール箱を出して開ける。そんな事を何度か繰り返していた時だった。ふいに、ある一つのプラスチックの箱に気が付いたのは。
まるで他のダンボール箱の隙間に通すように差し込まれていたそのプラスチック箱の側面には、子供の文字で『ぼくのたからもの』なんて書いてあるボロボロの貼り紙が貼られてあった。
ずいぶんたどたどしくて、下手くそな文字だ。『ぼ』と『の』と『も』が鏡文字になっているし、間違って書いてしまった事に気付いて消そうとでもしたのだろうが、うっすらと手のひらの痕が残っていて、それが文字をこすって少しかすませてしまっていた。
弟が欲しいと思った時期もあったが、あいにくこの家にいる子供は僕一人だけだ。つまり、この下手くそな子供の文字はまぎれもなく僕のもので――。
この部屋の中にいるのは僕一人だけだというのに、急にその事が恥ずかしくなってきた。僕は急いでプラスチック箱をクローゼットの中から引きずり出して、そのままの勢いでふたを開ける。すると、何とも懐かしい覚えのある物がそこから出てきた。
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