第13話
一時間目と昼休みに何かと面倒事があったが、今日も無難で平穏で取り留めのない一日が過ぎ去った。
何の部活にも入っていない僕は帰りのホームルームの時間が終わると、少しの未練もなく教室の外へと出る。僕とは真逆に、今から陸上部の練習が楽しみで仕方ないって言わんばかりの井上君も、この時ばかりはこっちの事なんか全く気にも留めない。全く、いつもそうであってくれたらどれだけありがたい事か……。
全部食べて空っぽになった弁当箱の分だけ軽くなった学生鞄を共にして、僕は校舎を出る。その背中の向こうで吹奏楽部の少しぼやけた感じの演奏が聞こえてきたし、一時間目までうちのクラスが使っていたグラウンドの真ん中では、もう野球部やサッカー部の連中が練習を始めていた。
そのグラウンドのやや右端の方で、陸上部の一年生と思しき何人かが慣れない様子で練習の準備に追われている。色とりどりのバトンが入ったかごや、高さがバラバラのハードル、使い古されてボロボロのメジャーなんかを抱えてとても忙しそうだ。
こんなの井上君が見たら、それこそ弾丸のように駆け付けて「俺も一緒に準備するよ」とか「先輩後輩なんて関係ない、皆でやれば早く済むんだから」とか言い出すんだろうな……。
僕からは決して話しかけないし、今日みたいに井上君の方から話しかけられても長い会話にならない。それなのに、こんな簡単に彼の反応を想像してしまう自分がひどく嫌で、僕はぶんぶんと大きく頭を振ってそんな雑念を振り払った。うらやましくなんかあるものか、誰にも全然興味なんかないしと何度もそう自分に言い聞かせながら。
数十分後。家まであと少しという所まで歩いてきたら、これまた面倒な事に近所の奥様方の井戸端会議にばったりと出くわしてしまった。
どうせその内容は、我が家に関しての事だろう? その証拠に、最初は僕の接近に全く気付かなかったくせに、奥様方の一人が僕の足音に気付いてひどくぎょっとした表情で息を飲めば、残りも立て続けに同じような反応をしながら僕を振り返ってきた。
ここでそっぽを向くのも癪なので、「どうも……」と短い挨拶をしながらその横を擦り抜けようとする。まだ高校生の僕がそんな大人の対応をしてやっているというのに、好奇心旺盛と言えば聞こえはいいが、下手をすれば上代さん達より遠慮がなくて無礼極まりない奥様方はこぞって「ねえ、清人君」と声をかけてきた。
「お母さんはどう? 元気にしてる?」
「最近は町内の婦人会の集まりにも顔を見せてくれないから、私達も心配でね?」
「今度お茶会するから、ぜひ来てくれないですかって伝えてくれる?」
「悩み事があるなら、私達が聞きますよって……」
……誰のせいで、母さんが週五勤のパートに出てると思ってるんだ。一番の理由は父さんだが、それ以外に理由を付けるとしたらあんた達のせいでもあるだろうと、僕は今朝のトーストと同じように、足元の石を思い切り投げ付けてやりたくなった。
こんな人達にこれ以上の話題を与えてやりたくなくて、僕は会釈だけを返してその場を離れた。
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