第8話
僕が井上君を苦手な事には、正当な理由がある。ひと言で表すならば、席順と同じように、彼があまりにも僕と正反対の人間だからだ。
もっと簡単に、今時の言葉で言うのなら、井上君はいわゆる陽キャというカテゴリーに入る。顔はイケメンと言っても全く差し支えないほど整っているし、成績はいつだって学年トップだ。小学生の頃から始めたっていう陸上の短距離走なんか県内で彼に敵う者はいないようで、今年あたり全国の上位を狙えるんじゃないかという噂だって聞いた事がある。
それに加えて、人見知りという言葉とか自身の才能に自惚れて他人を見下すといった事をまるで知らないかのような明るい性格は、とても魅力的に見えるのだろう。井上君の周りには男女問わず常に誰かいて、いつもわいわいと賑わっていた。
誰に対しても誠実で優しく、平等に接する井上君の事を皆がとても慕っていた。苦手に感じているのなんて、たぶん世界中で僕一人だけだ。そんな僕にも、井上君は他の誰とも変わらない感じで毎朝「おはよう」なんて律儀に挨拶してくるものだから、その瞬間だけはクラスの皆がけげんに思うのもきっと無理はない。
しかも、今日に限ってはいったいどういうつもりなんだろう。「真剣勝負で頼むぞ」だって? 何をバカな事を言ってるんだか……。
先日の月曜の三時間目の時のように、また急ににわか雨が降ってきてくれないものかと、僕は朝のホームルームの時間が始まるまで、窓の外の空をじいっと見上げ続けていた。
僕の願いを神様が聞き届けて下さる事はなく、一時間目開始のチャイムが鳴り終わろうと、空は雲一つない真っ青な快晴のままだった。
本当なら体育館でバレーボールをするはずだったのだが、先にも言った通り、先日の月曜にグラウンドで行われていた体力測定テストが途中で中止になってしまった為、この時間で残りを済ませてしまおうという運びになった。そして面倒な事に、僕達のクラスの男子でその残りの項目になってしまったのが五十メートル走だった。
「
体育担当の
それを真後ろで見ていた井上君が「お前ら、本当どうしようもないなぁ」と言いながらからからと笑う。決して小バカにしている訳ではないその明るい笑い声に、二人もへへへっと笑い返してから、急いでスタート位置へと向かっていった。
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