第5話

「今度は、何曜日にお帰りかしら?」

「……っ、金曜だ。金曜の夕方にはちゃんと帰ってくる」

「あら、珍しい。日曜まで帰ってこないものかと」


 淡々と、そして冷たい夫婦の会話。僕はそれを聞きながら、手元に置いていたスマホの液晶画面を見て、今日が水曜である事を確認した。


 確かに母さんの言う通り、僕も珍しいとは思った。いつもだったら日曜の夕方まで帰ってこないのに。帰ってきたらきたで、さっさと風呂に入り、自分で買ってきたつまみやビールで適当に夕飯を済ませ、そのまま書斎にこもってしまうくせに。


「たまには、いいだろ……」


 母さんの言葉に、父さんはふいっと顔を逸らしながらそう返す。その表情はどこか悔しそうに見え、頬のあたりも少し赤らんでいる。だが、そんな男に同情なんか一切見せないで、母さんは「期待しないでお待ちしています」とまるで他人事のように言い放った。


 ここで父さんが舌打ちをしようものなら、僕はさっきの齧りかけのトーストをこの人にぶつけてやればよかったと思っていた事だろうが、今日のこの人はどうにもおかしい。こっちの予想など知った事かと言わんばかりに、また珍しい事を口にしてきた。


「なあ、清人きよひと


 清人、僕の名前だ。父さんが僕の名前を呼ぶなんて、何ヵ月ぶりだろう? いつもだったら「おい」とか「なあ」だけで済ませてしまうのに。


「……何?」

「さっきも言ったが、金曜の夕方には帰ってくるから、その時少し話せないか……?」


 僕のそっけない反応に、父さんが今度は少し緊張したような面持ちでそう言ってきた。その時、視界の端でまた母さんの肩が震えたかのように見えた。


 ……話、ね。今、この人はいったい何を考えながら、僕にそんな事を持ちかけてくるんだろう。今頃話をしたいだなんて言い出してくるくらいなら、もっと早くそうしてほしかった。母さんが父さんに何も期待しなくなる前に。小さな子供だった僕が、テレビの中にいるヒーローがしょせん夢物語の作り物であると知ってしまう前に――。


「……ごめん、それは無理」


 僕は父さんの顔をしっかり見ながら、そう言ってやった。


「金曜は友達と約束してるんだ。学校が終わったら、そのままカラオケに行く事になってる」

「そ、そうか。何時くらいに帰ってくる? 父さん、ずっと待ってるから」

「悪いけど、僕にも付き合いってものがあるんだ。家の都合なんかで先に帰るなんて言える訳ないだろ?」


 僕はかつて、父さんが使っていた言い訳をそっくりそのまま口に出してやった。その瞬間の、父さんのうっと息を詰まらせた顔ときたら……あまりにも滑稽だったせいか、母さんの「ふふっ……」と小さく笑う声が聞こえてきた。

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