第2話
僕がいわゆる初恋というものを経験したのは、その頃とほぼ同時期だった。
相手は……実に典型的なパターンになってしまうけど、同じ保育園に通う同じクラスの女の子。さすがに名前は覚えていないけど、何故かいつも……お遊戯の時間も給食やおやつの時間、果てにはお昼寝の時間でもずっと僕の隣にいて離れなかった。
かといって、そんなに仲良しだったのかと言われたら、きっとそうではなかったと答えるしかない。実のところ、その女の子とたくさん話をしたという記憶がないんだ。確かにいつも一緒にいたけれど、お互い自分の気の向くままに好きな事をしていただけで、仲良く一緒に遊んでいたという思い出はほぼ皆無だ。
たぶん、他の友達と一緒にいるよりもちょっとだけお互いの隣が心地よかった。ただ、それだけだったと思う。変に気を遣わないでいいし、おもちゃやクレヨンの取り合いをするという些細な諍いすらない。クラスの担任の先生からすれば、きっと手のかからない……いや、面倒の少ない子供が二人もいて助かったといったところだったに違いない。
それなのに、どうして僕がそんな女の子を初恋の相手にしたのか。それは、ある日のお遊戯の時間がきっかけだった。
あの日の事は、十年以上月日が経った今でもはっきりと覚えている。あの日はクレヨンでお絵かきをする事になっていて、テーマは保育園らしく「おおきくなったら、なんになる?」というものだった。
僕は迷う事なく、大人になった自分がカッコいいヒーローになっている姿をひどく拙い絵で描き上げた。そしてまだ覚えたての鏡文字で自分の名前と「ヒーローになりたい」と余白に書き、先生に自慢気に見せようとした。その時だった。
「あら? これは……どういう絵なのかなぁ?」
僕のすぐ近くにしゃがんでいた担任の先生が、首を傾げながら不思議そうな声をあげていた。どうしたんだろうと思いながら自分の隣の席を見てみれば、そこにはいつも通りあの女の子が座っていて、実におもしろい絵を描いていた。
僕と同じくらい拙い絵の中の彼女は、もちろん大きくなった大人の姿をしていたが、その腰にはすらりと長い真っ黒な線のようなものが伸びていた(いや、生えていたと言った方がいいのか?)。しかも彼女は、完成させたであろうその絵を見て、ひどく満足げな表情まで浮かべている。ふんふんと、鼻息まで荒かった。
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