プロローグ

第1話

保育園の頃、実にありきたりだったけど、僕はヒーローというものにとても夢中になっていた。


 毎週決まった曜日と時間にテレビの画面の中に現れるヒーロー達は、いつも強くて卑怯な悪の組織に対して勇猛果敢に立ち向かい、どんなピンチも必ず乗り越えて最後には必ず勝利を収める。そして戦うすべを持たない弱い人達からの称賛に胡坐をかく事もなく、全身傷だらけであっても「これくらい当たり前の事だ」と言わんばかりのとびきりの笑顔を見せていた。


 僕もヒーローになりたい、こんなカッコいい大人になりたい。テレビの前で、何度そう思ったか分からない。これがフィクションであると、テレビの中にしか存在しない虚構の世界でしかないと気が付くその時まで、僕はずっと信じ続けていた。


 強くてカッコいいヒーローになるには、それにふさわしい体と心が必要だ。いつの日かきっと、僕の事をヒーローへとスカウトしに来る偉い人がやってくるだろうから、来たるべきその日の為に体と心を鍛えておかなくては……。


 小さな子供だった僕は、その日が来るのをひたすら信じて、自分なりに考えて体を鍛えた。牛乳もにんじんもピーマンも残さず口に入れたし、目にも留まらないほどのスピードを手に入れる修行と称して、暇さえあればじっとする事なくあちこち走り回った。


 毎年春には決まって販売される変身グッズも例外なく欲しがったし、初めて買ってもらったベルトは壊れて音が鳴らなくなっても大事にし続けた。どんなに恐ろしい敵がやってきても決して怯まないようになる為と、苦手なお化け屋敷に何度も足を運んでは結局びいびい泣き喚いてしまうという体たらくだって見せた事もある。


 誰かに「ヒーローがいるなんて、本気で信じているのか?」と言われたような記憶もある。でも、その時の僕は何の疑いもなく「いるよ! だから僕もヒーローになるんだ!」と言い返した。


 その誰かの呆れ返ったため息の音が聞こえたが、そんなのお構いなしだった。それくらいあの頃の僕は無垢で無邪気で、自分で言うのもなんだけどかわいげというものもあって……そして、何も知らない愚かな子供だった。

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