第117話
「あんた、いい加減にしとけよ……」
深くて強い怒りを含んだ表情と声色を併せながら、浩介が言った。
「俺の事は何をどう言おうと構わねえよ、本当の事なんだからな。でもな、他の皆や店長の事まで悪く言うのは許せねえ……!」
「……この程度の煽りにも我慢ができないんですか、あなたは」
踵が浮くほどに体が持ち上げられ、恐怖で頬が少し引きつっていたものの、それでも特に抵抗する事なく、勅使河原は言葉を返した。
「新本さん。深夜の時間帯には厄介なお客様がご来店される可能性が高い。無理難題やちょっかいをかけられる機会も少なくないでしょう。そんな事態においても、このように暴力で事を収めようとするんですか? それこそ、昔のように……!」
「……っ、てめ……!」
「この手を離しなさい。これ以上は木下店長のみならず、店全体の立場をますます悪くするだけだと早く自覚した方がいい。カメラにもばっちり映っていますしね」
そう言うと、勅使河原はついっと視線を動かして、天井にぶら下がっているバックヤード専用の監視カメラのレンズを見つめる。確かに彼の言う通り、デスクの端に置かれているモニター画面には、一連の流れが包み隠さず録画されていた。
「新本のアニキ……!」
「新本君」
悔しいが、この場は勅使河原の言う通りだと察した正臣と乙女が同時に声をかける。浩介はぐっと唇を噛みしめた後で、静かに勅使河原の胸元から手を離した。
「ふう……。全く、この先が危ぶまれますね」
乱れたネクタイや襟元をていねいに正しながら、勅使河原が言った。
「まあ、私も少しばかり言い過ぎたきらいもありましたか。何時間も居座った事だけはお詫びしますが、これだけは承知しておいてもらいたい。私は別にあなた方をいじめたくて、憎まれ口を叩いている訳ではないという事を……」
それでは、お疲れ様でした。最後に淡々とそう言うと、勅使河原は自分の鞄を持って、さっさとバックヤードから立ち去る。それと同時に、店内に午後十時を知らせるチャイムが鳴り響いた。
「……ほ、ほら! 新本君に永岡さん! お仕事の時間よ?」
わずか数分のやり取りだったが、それでも実に強烈な印象を残して去っていった勅使河原の存在感が忘れられずにぼうっとしていた二人に発破をかけるように、乙女がパンパンっと両手を打った。
「今夜もしっかりお願いするわね? 今日は納品の荷物が多いから、私もこのまま居残ってお手伝いしていっちゃおうかしら。あははは……」
「て、店長……」
「店長さん……!」
自分達が来るまで、どれだけあの男に嫌味たっぷりの説教を食らっていたのだろう。浩介は元より、勅使河原と初対面であった正臣でさえ、ただひたすら歯がゆくて腹立たしかった。
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