第118話
「……何なんですか、あのSV野郎は⁉ あれほど義理も人情もない奴は、極道の中にだってそうそういねえ‼」
一時間後。心配のあまり居残ろうとしていた雫や翔太郎、そして仕事を手伝うと言ってくれていた乙女を何とか宥めて帰した正臣は、客が一人もいなくなった店内の床にモップがけをしながら大声をあげていた。もちろん脳内では、水浸しのモップを勅使河原の顔に押し付けている妄想中だ。
「極道って……あんたの言ってるそれは、任侠映画の中での話だろ?」
正臣のそんな大声に、浩介が窓ガラスを拭きながら答える。表面上は落ち着きを取り戻しているように見えるが、先ほどからずっと同じ窓ばかり拭いている上に、ぎしぎしと音が軋むくらい力を込め過ぎている事から、実は全く怒りが治まっていない様が実によく分かった。
「言っとくけど、あんなのまだ初級編っていうか……レベル1って感じだぞ? 新人のあんたがいたから、手加減してたんだよ」
「あ、あれで手加減ですかぃ? 粉の5mgを500kgと間違うくらいの勢いだったと思うんですが……!」
「だから、何だよその例えは。あいつの前では、絶対にそんな言い回しするなよ? そういうの、めちゃくちゃ嫌う奴だから」
「嫌う?」
「ああ。だから、俺とも初めて会った時は、ずいぶんと目を付けられて嫌味たらたら言われたっけな」
そう言って、浩介はようやく窓ガラスから離れる。イライラしながらとはいえ、寸分の隙間もなく磨き上げたせいか、窓ガラスは光沢を放つほどピカピカになっていた。そんな窓ガラスを見て、正臣はほおっと感嘆の息を漏らした。
「お見逸れしやした、新本のアニキ。まさかそこまで完璧な拭き加減をお見せいただけるとは」
「別にこれくらい……。あんただって引きこもってる間、自分の部屋の掃除程度はしてただろ?」
「いや、俺は窓磨きは逆にやらなかったんですよ。あんまりきれいすぎると、逆に
「はあ?」
正臣の言ってる事に小首をかしげるも、まあいいかといった具合でバケツを片付けようとする浩介。そんな彼の腕がふと視界の端に留まった正臣は、彼のそれがかなりの場数を踏んでいると見なせるほど太くたくましい事に気付き、先ほど、軽々と勅使河原を引っ張り上げた腕力の強さにも納得した。
「新本のアニキ」
バックヤードにバケツを運ぼうと歩き出す浩介の背中に向かって、正臣が話しかけた。
「あのSV野郎の言ってた事なんですが……」
「話して聞かせてやれるほど、面白い話じゃねえよ」
そう言いながら肩越しに振り返ってきた浩介は、どこか困ったような寂しそうな表情を浮かべていた。
「マジで、永岡さん以上につまんねえ人生だったからな。だから、そう突っ込んでくんなよ」
あと十五分もすれば、納品を積んだトラックが到着の頃合いになる。ほら、急ごうぜと急かしてくる浩介に、正臣はもやもやしながらも彼の指示に従うしかなかった。
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