第116話
「そもそも、あなた方はこの店の特性と弱点をまるで分かっていない」
目の前にいる三人は順番に見渡した後で、勅使河原は容赦のない口調で言った。
「まずは特性ですが、新本君。確かにあなたの言う通り、この店の売り上げの大半は常連のお客様方のおかげです。ならば、よりしっかりとその方々が何をお望みになっているか考え、それに踏まえた品揃えを展開していくべきでしょう? だが、そこのあたりが木下店長の一番ダメなところなんです。先見の明が足りないと言うべきか、発注の見通しが甘すぎる」
「それは、本当に申し訳ないと思ってます。発注に関しては、亡くなった主人に甘えてばかりいましたから……」
「ご主人から、もっときちんと教わるべきでしたね」
同情などしないとばかりに言い切る勅使河原の言いように、乙女はますますしょんぼりとうなだれる。正臣は「店長さん……!」と思わず駆け寄ろうとするが、次の勅使河原の言葉に思わずその足が止まった。
「次に弱点ですが、木下店長。この店の一番悪いところは何だと思いますか? 従業員の質の悪さです」
「え……?」
「前々から言ってましたよね。雇う方の人となりはしっかり見定めるようにと。ボランティアの保護司をしていた時と同じ感覚でいられては困ります。コンビニは接客業、商売なんですよ?」
そう言って、今度は正臣や浩介、そしてバックヤードのドアの向こうへと視線を向ける勅使河原に、正臣の頬はぴくぴくと引きつった。おい、この野郎は今、何て言った……?
「その心、お聞かせ願ってもよろしいですかい?」
乙女の方に向かおうとしていた体を勅使河原に向き直して、正臣は低い声を出す。同時に浩介も頷くが、勅使河原は怯むどころか悪びれる事もなく続けた。
「永岡さん、でしたね? あなたの事は最近雇い入れた方だと木下店長から伺ってます。ご事情があって長い事引きこもりをされていたそうですが……大の男がその年になるまで恥ずかしいと思わなかったのですか? その言葉遣いも、社会人としてはまるでなってないですよ?」
「何だと……⁉」
「他の従業員の方々もそうだ。木下店長、あなたが所有しているアパートに誰を住まわせようが、そこに私が口を挟む権利はない。しかし、意見と苦言は言わせてもらいます。パートナーに恵まれなかった女性に、元不登校の少年。そして親元から無理やり出てきた女子高生と、人生の大半をムダにした男が二人。そんないわくのある人ばかり雇い入れれば、仕事の質が上がらないのは必然。コンビニは駆け込み寺ではないという事を自覚して下さい!」
もう、我慢できなかった。仲間を侮辱されて何もしないでいるなど、まさにメンツの丸つぶれだ。この時の正臣は、極道・相良組の若頭としてではなく、『ハッピーマート所橋一丁目店』の従業員としての怒りに震え、そのままの勢いで握りこんだ右手のこぶしを勅使河原に向けて振り下ろそうとした。
だが、それよりもずっと早く、勅使河原の胸元を掴んで引っ張り上げたのは浩介だった。
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