第115話

「まず、根本的な話からさせてもらいますけど」


 浩介が勅使河原を見つめながら言った。


「そもそも『一丁目店うち』と『五丁目店向こう』との売り上げを比較する事自体、大きな間違いでしょうが。『五丁目店あっち』は繁華街に近い上に駐車場もあって、店舗が広い分、品揃えだって多くできる。その点、『一丁目店うち』は駐車場はないし、売り上げの大半は近くの町から来てくれてる常連客からのものだ。この時点で売り上げに差が出るのはどうしようもない事だ」

「……」

「だからって、店長はその現状に甘んじてる訳じゃない。他の店舗が見向きもしないような新商品までしっかりチェックして、お客さんにいつだって目新しいラインナップを見てもらおうって日々頑張ってる。その証拠に店内をよく見てみろよ。あそこまできれいで目を引くような棚映えをしてる店、他に見た事あるのかよ?」


 力強くそう説く浩介に、乙女は「新本君……」と少し嬉しそうな表情を見せる。それに関しては、正臣も全くの同意見だった。


 夜勤の時間帯に大量に納品されてくる商品の数々をできる限りていねいに棚に並べたり、余った分をバックヤードの隅に片づけたりしてはいるものの、次の勤務日によく見てみれば、正臣や浩介がやった時よりもさらに美しい状態で商品達は鎮座している。朝や昼のピークでかなり陳列が乱される事があるというのに、まるでそんな事自体がなかったかのように、ミリ単位の狂いもなくきれいに並んでいるのだ。しかも棚には埃やチリ一つない。


 従業員の仕事量のさらに何倍もあると思われる店長としての業務をこなしつつ、陳列や棚の掃除にまで目を配る乙女の影の努力を、一番勤務歴が長い浩介は誰よりもよく知っていた。これにこそ、『ハッピーマート所橋一丁目店』に常連客が絶えない大きな秘訣が宿っているというものなのだ。


 だが、勅使河原の次の言葉は、浩介はもちろん、正臣にとっても信じられないものであった。


「……だから、何ですか?」

「は?」

「あぁ⁉」

 

 勅使河原の呆れ返っているかのような表情に、正臣と浩介は同時に怪訝な声をあげる。それすら全く気にしない様子で、勅使河原は反論を開始した。


「あなた方はどこで働いていると思っているんですか? ここはコンビニ、365日24時間いつでも誰でもご利用いただける事をコンセプトにしている店ですよ。いかなる時だって美しい見栄えのする店舗である事は、最も基本的な事でしょう? そんな事、SVの私に話したところでまさに釈迦に説法です」

「ぐっ……」

「店舗の規模の違い、扱う商品や利用サービスの違いなど、長い目で見れば大した差異ではない。コンビニにおいて一番重要なのは売上率であり、それを上げる為の惜しまぬ努力です。私は、その努力を木下店長が怠っているからこうして長い時間かけて話している。どうしてあなた方はそんな事すら分からないのでしょうね?」


 やれやれとばかりに肩をすくめ、小さく首を横に振る勅使河原。そんな彼に、正臣は腕にものを言わせて黙らせてやりたいという気持ちを何とか必死に抑え込んでいた。

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