第114話

「今のはどういう意味でございやしょうか? 新本のアニキは俺らの中で最も長くこの店に草鞋を脱いでおりやす。店長さんに次いで、カシラも同然の方なんですが……」

「君には全く関係ありません、個人情報ですので」


 勅使河原はぴしゃりと言い切って、鋭い視線を正臣に向ける。まるで正臣の事など、存在自体認めないとでも言わんばかりに。


 だが、それに屈する正臣でもなかった。お前なんていなければだなんてありふれた言葉、ガキの頃からどれだけ聞かされてきた事か。もうとっくの昔に耳タコで、そんな事で傷付くような繊細さはドブの中に捨ててやったと、正臣はさらに勅使河原をにらみ返した。


「SVさん。こっちは筋を通して名乗りの口上を述べやした。そちらさんも名乗るくらいはしたらどうですかい? まさか、それも個人情報が何たらと言ってイモ引きますか?」

「ちょっ……永岡さん、ダメよ。失礼でしょ?」

「おい。あんた、ちょっと黙ってろよ」


 乙女と浩介が慌てて間に入ろうとするが、当の勅使河原は「そうですね、確かにそれに関しては君の言う通りだ」と一つ息を吐いてから言うと、懐から名刺入れを取り出して、その中身の一枚を正臣に差し出す。『勅使河原てしがわら 寿ひさし』というフルネームがそこにあった。


「昨年度より、こちら『ハッピーマート所橋一丁目店』のSVを担当しております勅使河原と申します。まあ、夜勤の君とは早々顔を合わす事もないでしょうが、以後よろしくお願い致します」

「ええ、どうぞよろしくお頼み申します。ところで、さっきの話に戻りますが」

「そんな暇はありません。今、私は木下店長に大事な指導の真っ最中ですので」


 名刺を受け取りながら、さあ話の続きといこうかと息巻く正臣だったが、またぴしゃりとした勅使河原の言葉に遮られる。極道の者でもない堅気の人間に、ここまで自分のやり方が通用しないなどという経験を味わってこなかった正臣にとって、これは初めての衝撃だ。思わず押し黙ってしまったが、その隙を突いて抗争カチコミを仕かけてくる鉄砲玉のように、勅使河原は言葉の攻撃を乙女にぶつけ始めた。


「木下店長。以前来店した際にも、私言いましたよね? この店は全体的に売上率が悪すぎる。どうして同じ区画にある『ハッピーマート所橋五丁目店』より29%も下なんですか⁉ あなたの中には、ライバル店に負けてなるものかという向上心がないんですか⁉」


 デスクの上に散らばったままの書類の、特にグラフ表が記されている箇所にびしっと指を突き立てて、勅使河原が乙女に詰め寄る。何か思う事があるように見えるが、データや数字という形を目の前に突き付けられては委縮してしまって反論する事すらできない乙女を見て、「だから、筋が通らねえナシをするんじゃ……」と言いかける正臣だったが、


「すみません。ちょっと意見出していいですか?」


 静かに怒りをたたえた声を振り絞るようにして放つ浩介が、そこにいた。

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