第五章
第111話
「明日、本部からSVさんがいらっしゃいますからね」
ある日の事だ。昼のピーク時が終わった祝日の午後、『ハッピーマート所橋一丁目店』のバックヤードに全ての従業員が集まったのを確認してすぐ、乙女の口からそのような言葉が出た。するとどういう訳か、正臣以外の皆がピリッと張り詰めた空気を放ち始めたので、何も知らない彼は不思議そうに首をかしげた。
「店長さん、SVとは何ですか? 新種の
分からない事はすぐに聞くようにと浩介から言われていたからその通りにしただけなのに、正臣がそう言った途端、すぐ真横に立っていた雫から「だから何でそういう思考になるのよ!」と情け容赦のない下段蹴りを膝裏に食らった。「ぐはっ!」と短い呻き声をあげながらその場に崩れ落ちる正臣だったが、この数か月でこういったやり取りはもう何度も展開されてきたので、もう誰も驚く事すらなくなり、乙女の説明は続いた。
「えっと……SVさんっていうのは正式にはスーパーバイザーっていって、いくつかのお店を回ってその現場の管理を任されているエリアマネージャーさんみたいな感じの仕事をする方の事を言うの。大抵は私としか会わないけど、定期的に来て下さってはお店の指導や改善をしてくれるのよ」
「……へえ、なるほど。それってすなわち、この店の元締めって事なんですね」
何だ、そういう事ならと、正臣はうずくまっていたその身を素早く起こして、乙女に向き直った。
「それなら大丈夫ですよ、店長さん! ここにお勤めなさっている皆様方はいい人ばかりですし、何より店長さんが毎日素晴らしい
「いや……別にみかじめ料や私の出世とかは必要ないのよ、永岡さん。売上データさえ見せてあげれば、それで」
「何を遠慮してんですか、店長さん。なあ、皆もここは店長さんを立てるつもりでSVさんってのをお出迎えしようじゃ……て、あれ?」
久しぶりに極道らしい催しができそうだとワクワクしながら後ろを振り返った正臣だったが、雫を始めとする皆が全員戸惑ってたり暗い顔をしている事に気付いてしまい、また首をかしげた。小百合や翔太郎のそれには見慣れていたものの、まさか雫や浩介まで困ったように表情を曇らせているだなんて……。
「皆さん、どうしたんですか?」
正臣が尋ねると、最初に小百合が「うん、ちょっと……」と歯切れ悪く答えた。
「そんな歓迎するような感じでお出迎えって気分になれないのよね……」
「僕も。大人でもあんなタチの悪い奴がいたんだって、ここに来て初めて知ったよ」
翔太郎がそう言うと、浩介もうんうんと頷きながら「本当、あの人は下手なクレーマーより厄介だよな」と言葉を被せる。
「まあ、幸いにもSVさんが来るのはほとんど昼間だから、夜勤の俺や永岡さんは会う事ないと思うけど」
「だからマサ、余計な気負いはしなくていいからね⁉ 店長に変な負担をかけないでよ⁉」
最後に雫にぴしゃりとそう言われ、皆の真意は分からなかったものの、正臣は条件反射で前かがみになりながら「へい、お嬢。承知しやした」と返事をするが、それは約一日半後にあっさり破られる事になった――。
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