第109話

「これだけのコンビニの仕事シノギを相良組のそれと置き換えてみろ。おやっさんや優也はともかく、まだまだ半端な若い連中にこなせるはずがねえ。なのに俺やお嬢が抜けてみろ、あの店の看板に泥を塗る事になる。お前、それが渡世に生きる奴の生き様にふさわしいと思ってんのか?」

「そ、それは……」


 優也は返す言葉が見つからなかった。


 確かに大学にも通わせてもらった自分だけならば、今からでもコンビニのノウハウを覚えられるし、難なくその業務もこなしきれるだろう。だが渡世一筋に生きてきた父の孝蔵や、これからその道に生きていこうと奮闘している若い衆に、コンビニ業務と全く同じ量の仕事シノギを務めろだなんて口が裂けても言えるはずがない。そんな事をしたって相良組への上納金稼ぎが一桁だって増えるはずがないのだから。


 少しの沈黙が流れた後で、優也が「それじゃあ」と重い口を開いた。


「何があっても、兄さんも雫もここから離れられないんだね?」

「少なくとも、今すぐってのは無理な相談だな? シフトの入れ替えだけでも、店長さんにどえらい迷惑がかかるんだぜ?」

「そんなの、僕だって本意じゃないよ。父さんの数少ない堅気の友達に不義理をするつもりはさらさらない。でも……」

「物わかりのいいお前がそこまでしつこく言うんだ。よっぽどの理由があるみたいだな?」

「……」

「優也」

「兄さん。構成員の子から話は聞いてるんだ」


 もう話すしかないと、優也はうつむき加減になっていた顔をぱっと持ち上げながら言った。


「兄さん。あの店に、朝倉が来ただろ⁉」

「朝倉ぁ?」


 この時、優也の脳裏に浮かんでいたのは、先日相良組へガサ入れに来ていた若い刑事の顔だ。だが、一方の正臣の脳裏に浮かんでいたのは、彼にとって否が応でも馴染み深くなっている年老いた男の顔だった。


「ああ、あいつか。確かに来てたが」

「やっぱり!」


 優也は握りこんでいた右手のこぶしを目の前のちゃぶ台に叩き付ける。全くらしくない彼の荒々しい振る舞いにほんのわずかに驚くも、正臣はすぐに冷静を取り戻して「どうしたんだよ?」と尋ねた。


「あいつなら、朝の時間帯の常連になってるって新本のアニキが言ってたぜ?」

「嘘だろ……。相良組うちだけじゃなくて、あの店にまで目をつけてるだなんて。鈍そうに見えて、実は本当に切れ者だったのか?」

「鈍い? 何言ってんだよ。あいつは俺が知る限りで一番厄介な警察官ポリ公だった。お前が相手するには、まだまだ早えよ」

「そんな事ない! 相良組を守る一端を担う者として、これ以上朝倉の好き勝手にはさせないよ」

「おうおう。嫌にやる気出してるじゃねえか」

「当然だよ。次に会った時は、相良組の怖さを思い知らせてやろうと思ってるんだから」


 優也が静かな闘志を放ち始めた直後の事だった。アパートの一階からコンソメスープを煮込んでいるいい匂いが漂ってきたのは。

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