第107話
「……俺とお嬢の
誰かの耳に入ると厄介だと言うので、ひとまず自分の部屋に招き入れたのだが、その瞬間にそんな事を優也に言われて、正臣は珍しいほどすっとんきょうな声をあげた。
それもそのはず。優也はこれ以上ないと思えるほど慎重かつ几帳面な性格であり、いきなりの思い付きや勢いに任せて物事を決めたり口に出したりするような男ではない。夜の店の
そんな弟分が何の考えもなしに、しかも自分の大事な妹も関わる事を口にするはずがない。だが、しかしと、正臣はぐっと頬に力をこめてから、いつもの低い声色で「優也」と口を開いた。
「てめえの事だ。何かしらあっての提案なんだろうが、それはできねえ。きっとお嬢も同じように答えるだろうよ」
「ど、どうしてだよ兄さん⁉」
正臣の答えに、優也は思いの外驚いたようで、ちゃぶ台を挟んだ向こうにいる相手に向かって身を乗り出した。
「兄さん、いつも言ってたじゃないか。『相良組の力は俺が受け持つ、頭は優也が担え』って。だから、僕が決めた事にはいつも従ってくれてただろ?」
「そりゃあ、その時々で下すお前の判断が100%間違いねえって分かってたからだ」
「雫と一緒にお店を辞めて、ここからも引っ越してほしいっていう僕の判断が、間違ってるって言うのか⁉ だったら追加条件として、雫に今の高校も辞めて別の所に転校させてあげるっていうのは⁉ これなら」
「無理だ」
「何で⁉」
「シフトが一か月先まで、びっちり決まってるからだよ‼」
ほら見ろと言わんばかりに、正臣はつい先ほどもらってきたばかりのシフト表を突き出すようにして優也に見せる。優也の目には、『ハッピーマート所橋一丁目店』に努める従業員全員分のシフトがひと月分、しっかりと組み込まれている様が映った。
「え……? 何これ……」
現役のインテリヤクザをしている優也も驚くほどの過密なシフトだ。相良組からの借金を踏み倒そうとした連中を捕まえては地下に沈めて働かせているものの、さすがにここまでのシフトは組ませていない。三食しっかり食べさせているし、労働基準法に準じて八時間以上の労働だってさせていない。
だが、この『ハッピーマート所橋一丁目店』のシフト表を見るに、店長である乙女は一日の半分近くを勤務に充てているし、朝勤担当の小百合は早ければ午前四時から入る日もある。
翔太郎と雫も土日や祝日にまでシフトが入っているし、夜勤担当の正臣や浩介はその時間帯の至る所に『日用品と冷凍便搬入予定』『床とトイレの一斉掃除』『フライヤーとスチーマーの点検と清掃』など、大量の仕事内容がびっしりと書き込まれてあった。
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